連載「”発達する”人事」第8回(withコロナ元年)執筆者:小島健一

著者等

小島 健一

出版・掲載

産労総合研究所

業務分野

人事労務・産業保健相談一般

詳細情報

連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」

雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。今回は連載第8回になります。

第8回 withコロナ元年

孤独と分断

withコロナにおける組織の最大の変化は、構成員の「個別化」が一気に進んだことではないでしょうか。これまでは、職場では弱さを見せず、家庭のことは仕事に持ち込まないことが、社員に求められてきました。しかし、これからの企業は、社員には生身の人間としての「脆弱性weakness」があることを前提としなければならず、また、家族(私生活)にも及ぶ社員の「全体性wholeness」に向き合わなければならないのです。

感染リスク、とりわけ、高年齢者や持病がある人にとっての重症化リスクは、自分と家族の“健康・生命への脅威”という形で、仕事への「制約」になります。これは、臨場性が求められるエッセンシャル・ワークに顕著です。一方、テレワークによってリアルの職場から切り離され、家庭と仕事が混在・融合することになると、“育児・介護”などの家事の負担が大きい人にはそれが一層の負担になり、また、家族との関係が悪い人、家族がいない人においては“孤独・孤立”が、それぞれ仕事への「制約」になります。

1人ひとりで異なる「健康」と「家族」が仕事に強く影響するようになると、仕事への向き合い方は多様化します。境遇が異なり、接触が減れば、人は自然と利己的に、他人に無関心になるようです。

このようにバラバラになっていく個人を、どうしたら組織に統合することができるのでしょうか。新しい感染症は、分からないことが多く、真偽ない交ぜの情報が飛び交い、流行終息の時期も見通せないため、われわれの間に「不安」を感染させていきます。この不安は、人間の生存本能に作用し、「差別」の感染につながっていくと指摘されています。“孤独と分断”が進む組織に、どうやって“自律と結束”をもたらすのかが、人事にとっての最大の課題であるはずです。

原点に戻って、他人のことはわからない、共感を持てない自分であることを自覚するところからしか始まらないのではないでしょうか。では、他人と切り離されたときに残る自分のことは、どれだけわかっているでしょうか。発達障害かもしれない人が苦労している「他人とつながらない」「自分をとらえきれない」状況は、一般化しているのではないかと感じています。

業務の見える化と価値観の言語化

筆者は、数年前、異業種の親会社から長年“放置”され、不満とあきらめが充満する子会社の改革を親会社から依頼されました。役員・従業員のヒアリングを手始めに、給与の水準や公平性の回復、労働時間・休暇といった人事労務の改善をお手伝いしましたが、次のステップとして労使双方が期待していた、仕事ぶりの評価のための仕組みを構築するところで大きな課題に直面しました。公正な評価の大前提になるべき、社員1人ひとりの仕事の現実と仕事への思いが、相互に共有されていないのです。

そこで、回り道ですが、各職場の管理職に、できる限り現場の従業員を巻き込んで、「業務の見える化」と「価値観の言語化」に取り組んでもらいました。これら2つのアクションは、いまや、感染症対策や事業環境激変により業務を大きく組み替えなければならないエッセンシャル・ワークの職場にも、テレワークによる在宅勤務に移行している職場にも、共通の必須課題になっているのではないでしょうか。

ここでの「価値観の言語化」とは、仕事を通じて実現したい自らの価値(存在意義)を自分の言葉で表現してみることです。ところが、職場でこれをやろうとすると、たいていは、上から降りてくるお題目どおりになってしまったり、逆に、斜に構えたシニカルな反応になってしまったりするものです。「仕事用の仮面」を脱いで本来の自分を表現するためには、「受け入れられないかもしれない」という恐怖を乗り越える勇気を奮い起こさなければなりません。そのためには、「心理的安全」が確保された環境での「対話」が必要です。

ここで、筆者には、「SPIS(エスピス)」[1] が想起されます。SPISは、精神・発達障害者の就労定着を支援するために開発され、メンタル不調の一般社員の復職支援にも活用されているウェブシステムです。ITを活用することによって、本人と同じ職場にいなくても、そのコンディションを遠隔で見守ることができ、本人とコメントのやりとりをすることができるSPISは、もともとテレワークの環境に向いており、在宅勤務での障害者雇用や復職支援にも効果を発揮することが期待されています。

もっとも、SPISを運用する本当の価値は、本人と上司・メンターに外部支援者が加わった3者がチームになることで「コミュニティ」を形成し、“信頼と物語を紡いでいく”ことであることを忘れてはなりません。

新しい法学会の発足

本年(注:2020年)11月1日には、「日本産業保健法学会」[2] が発足し、入会受付を開始しました。その前駆的活動は、三柴丈典近畿大学法学部教授が主宰し、「メンタルヘルス/産業保健法務主任者」資格の講座・認定を運営し、多職種による事例検討会を開催してきた (一社) 産業保健法学研究会(略称「産保法研」)によって担われてきました。新学会は、その活動をさらに拡大・深化させ、社会保険労務士や弁護士はもちろんのこと、人事に従事する皆さんにも、広く参加を呼び掛けています。2021年9月には、第1回学術大会が開催される予定です。

この新しい法学会は、パーソナリティや発達の問題がうかがわれる社員への適正な対応のあり方(合理的配慮のありようを含む)を始め、ハラスメントへの実効的対応策、テレワークに伴う健康問題等の安全衛生に関する問題への法的規制、健康情報の適正な取扱いのあり方、適正な休職・復職判定のあり方なども当面の検討課題としています。

また、同学会のホームページ(https://jaohl.jp/)では、プロジェクトチームによる「新型コロナウィルス感染症に関する代表的な労務問題Q&A」を公表しています。筆者も執筆を担当した「Q2: 在宅勤務と復職」では、専門的な知識や職人的な技能によって自分のペースで黙々と取り組めるような職務や、通勤や職場での感覚過敏による苦痛が就労の支障になっていた社員については、在宅勤務による復職も積極的に検討できるのではないかと述べ、一方では、上司や同僚と必要なコミュニケーションや協力・連携しての作業をすることが求められる職務や、上司や同僚とのコミュニケーションを適切にとれないことでストレスを抱えてメンタルヘルス不調になっていた社員については、在宅勤務による復職には慎重になるべきだとも述べています。実際には、これら両面を併せて考慮すべき職務や社員が少なくないことでしょう。学会では、こうした現場問題についても、実例や調査も交え、さまざまな立場の皆さんと議論していきたいと思います。

[1] SPISについては、全国精神保健職親会(vfoster)のホームページhttps://www.vfoster.org/spis.html をご参照ください。

[2] 日本産業保健法学会の目指すものについては、「産業保健と法~産業保健を支援する法律論」(「産業医学レビュー」(産業医学振興財団)2020 年 33 巻 2 号 産業医学レビュー (jst.go.jp)、筆者のインタビュー「『withコロナ時代』にこそ真価を問われるチーム“人事×産業保健×法務”」(「サンポナビ」2020年8月 https://sangyoui-navi.jp/blog/319)等もご参照ください。

【初出:「労務事情」(産労総合研究所)2020年11月15日No.1415】

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