連載「”発達する”人事」第11回(ルールにこだわる)執筆者:小島健一

著者等

小島 健一

出版・掲載

産労総合研究所

業務分野

人事労務・産業保健相談一般

詳細情報

連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」

 雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。今回は連載第11回になります。

第11回 ルールにこだわる

 発達障害、その中でもASD(自閉スペクトラム症)の強みとして、ルールを守る、手順を守る、雰囲気に流されない、裏表がないことなどがあげられます。

 このような特性と相性のよい職場に恵まれ、また、それらが活かされる仕事に就けば、素直で誠実な従業員として成果を上げてくれます。障害者雇用に真剣に取り組む経営者や支援者の方々が、つとに指摘してきたことです。

 ところが、一方では、法令や就業規則などのルールに強くこだわり、他の従業員、さらには、会社自体がそれらのルールを遵守していないとして執拗に非難し、それらに基づく自分の権利をことさらに主張し、無茶な要求を繰り返す人もおり、上司や人事がその対応に困ってしまうこともあります。

 このようなことは、発達障害の診断を受けておらず、本人にその自覚がない人、さらに、どちらかといえば、“診断閾下(いきか)群”(発達障害の傾向があるものの診断基準には該当しない)かもしれない人に、まま見受けられます。

 発達障害の特性により、他人の思いを想像することで安心を確保することが苦手であるために、どうしても、ルールという“絶対に揺るがないもの”を頼ってしまう面があるのかもしれません。また、いわゆる「ワーキングメモリー」の容量が小さいために、全体を俯瞰して客観的に物事を理解し、時間の経過により変化する脈絡を把握することが苦手であるために、権利の主張しどころも、妥協しどころも、うまく見いだせないのかもしれません。

判断基準と行動手順を示す効用

 現実の世界、とりわけ“大人の社会”は、いつもルールどおりに動くわけではないことを学ぶことが、もしかしたら「成熟する」ということなのかもしれません。しかし、一方では、そのとおりに行動したり、他人に求めたりすると、組織や他人との軋轢を生じるルールとは、はたしてルールとして十分なものかを振り返ってみることも、必要ではないでしょうか。

 われわれ法律家は、法令の文言は抽象的であるため、個々の事例に法令を当てはめるためには、しばしば、より具体的なレベルまでかみ砕いた規範を介在させなければならないことを承知しています。裁判では、事実の認定のみならず、法令の解釈を巡っても議論が戦わされます。そのようにして、過去の判決によって示された規範を「判例」と呼び、それらを収集して分析することが欠かせません。

 では、労使関係のルールである就業規則について、そのような努力はされているでしょうか。大きな会社であれば内規や運用細則がありますが、それらを従業員に開示していないことが少なくありません。経営者には、ルールを従業員と共有することで、自らがそれにしばられることを嫌がる心理があるのかもしれません。臨機応変に判断したい気持ちも分かりますが、裏を返せば、恣意的であることも否めません。

 この問題が集約されるのが、休職を巡る紛争です。わが国では、休職は、法令に基づくものではなく、したがって、会社は、制度自体を設けないこともできますし、設けるとしてもその内容が法令によって決められているわけではありません。しかし、就業規則のひな型には、大抵、休職制度が定められており、多くの会社が、なんとなくそれを流用しているのが実態です。それも、休職できる期間のほかには、休職に入る時点と職場復帰(つまり復職)する時点のことなどが大雑把に決められている程度の簡素なルールです。

 そのために、いざ、傷病により就業できない従業員が発生すると、休職期間が満了することをひたすら待っている会社と、復職可能と書かれた診断書を出せば当然に復職できると思っている従業員との間で、認識の大きな乖離が生じ、トラブルになるのです。

 復職支援プログラムを従業員と共有することが推奨されているのは、あらかじめ、休職に関する実質的・具体的なルール、すなわち、会社はどのように復職の可否を判断するのか、従業員は、復職可能であることをどのように会社に理解してもらえばよいのか、そのためにどのような手順を踏まなければならないのか等を従業員に明示し、会社と従業員がそれぞれ行うことを明確にしておくべきだからです。

 メンタルヘルス不調によって休職している従業員に発達障害の特性がうかがわれることは、決して珍しいことではありません。そうであるからこそ、休職のルールができる限り一義的になるように、判断基準と行動手順を具体的に定めること、それを噛んで含めるように、それも口頭だけではなく文字や図表によって繰り返し伝えること、その都度、従業員の理解を確認し、また、逸脱した言動にはきちんとフィードバックをすることが重要なのです。

 復職判定の段階ではじめて、乖離した認識をすり合わせようとしても、遅いのです。休職中を通じて、会社と従業員の間に、就業能力の回復レベルと復職の可能性についてコンセンサスが形成されるようにしなければなりません。こうすることによって、従業員は、かえって安心して療養に専念することができるとともに、目標に向けて段階的に就業能力を回復させる努力を継続することができるのです。

ルールを自分のものにするということ

 復職支援プログラムを従業員と共有し、それに則って休職をさせることは、従業員がルールを自分のものにすることにもなります。就業規則とは、お上が決めた法律のように「天から降ってきたもの」ではありません。法的な擬制(フィクション)によって、会社と従業員が自分たちで約束した契約の一部となります。休職制度は、法が最低基準や強行規定(異なる内容の合意を無効にして適用させる法的ルール)を定めていないことから、とりわけその性格が強いのです。それにもかかわらず、会社自身がそのルールを自分のものにしていなかったら、従業員にそれを期待することに無理があることは、当然でしょう。

 「ルールを自分のものにする」という表現は、少しわりにくいかもしれませんが、常に、ルールを作った目的に立ち返り、その目的に照らして自分自身が行動し、また、相手に対してもそれをしっかり求めていく、と言い替えられます。

 逆説的かもしれませんが、目的を達成するために本当に必要なことに純化した“型”に従って、例外なく運用することを繰り返すことが、早道であるばかりか、まずは欠かせないのではないかと思います[1]。武道や芸事を修めておられる方には、ピンとくることかもしれません。

[1] このように研ぎ澄ました“型”によって休職制度の適正な運用に効果を上げている代表的な手法として、「高尾メソッド」があります。職場は働く場所であるという原点に立ち戻り、業務遂行レベルに着目した復職支援プログラムを構築し、休復職のプロセス全体にわたって使用する書式やチェックシート、書簡や面接のシナリオを用意します。高尾総司著「健康管理は社員自身にやらせなさい―労務管理によるメンタルヘルス対策の極意」(保健文化社・2014年)、高尾総司・森悠太・前園健司著「ケーススタディ 面接シナリオによるメンタルヘルス対応の実務」(労働新聞社・2020年)等をご参照ください。

【初出:「労務事情」(産労総合研究所))2021年2月15日No.1420】

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