連載「”発達する”人事」第5回(合理的配慮)執筆者:小島健一

著者等

小島 健一

出版・掲載

産労総合研究所

業務分野

人事労務・産業保健相談一般

詳細情報

連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」

雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。今回は連載第5回になります。

第5回 合理的配慮

自己認識のない発達障害での難しさ

「合理的配慮」という言葉をご存知でしょうか。障害者雇用促進法の改正により、2016年4月から、事業主には、障害のある労働者に対する不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供が義務づけられました。

「合理的配慮」とは、事業主に過重な負担にならない限り、障害のある個々の労働者がその能力を発揮することの支障になっている環境を調整したり、ルールを変更したり、意思疎通に配慮したりする(すなわち、“社会的障壁(social barriers)”を取り除く)ことです[1]。職務への影響の差異に応じた取扱いならば「不当な差別的取扱い」ではありませんが、あくまでも、合理的配慮を提供していることが前提になります。

障害者雇用率の算定とは異なり、不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮提供の対象である「障害者」は、障害者手帳の有無を問いません。さらに、同法の文言上、採用選考段階は別として、採用後については、本人からの申し出がなかったとしても、合理的配慮を提供する義務が発生しうるようになっています。

したがって、障害者として採用されたのではなく、本人には障害の認識がなかったとしても、事業主側において障害の存在が明らかなのであれば、合理的配慮の提供義務を負うことがありうるのです[2]

厚生労働省が出している「合理的配慮指針」では、事業主は、労働者が障害者であることを把握した際には、当該労働者に対し、遅滞なく、「職場において支障となっている事情」の有無を確認すること、としています。合理的配慮指針は、発達障害のある労働者への合理的配慮の例として、以下のものをあげています。

・業務指導や相談に関し、担当者を定めること。

・業務指示やスケジュールを明確にし、指示を1つずつ出す、作業手順について図等を活用したマニュアルを作成する等の対応を行うこと。

・出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮すること。

・感覚過敏を緩和するため、サングラスの着用や耳栓の使用を認める等の対応を行うこと。

・本人のプライバシーに配慮したうえで、他の労働者に対し、障害の内容や必要な配慮等を説明すること。

もっとも、一般の雇用において、事業主と本人の間で発達障害の存在について認識を共有できない状況では、そもそも本人に対し「支障となっている事情」を確認することや上記のような措置の実施は難しいと感じられるのではないでしょうか。なぜなら、仕事がうまくできない理由を本人ではなく環境に求めることを認めると、本人の「甘え」や「わがまま」を助長したり、同僚の従業員において負担が増えたり、不公平になったりすることが懸念されるからです。さらには、本人が、自分では仕事ができていると認識している(ないしは、そのような態度をとっている)ことが往々にしてありますが、そうすると、そもそもの前提についての認識が異なるため、コミュニケーションが成立しないことに上司や人事の側が感情的になり、ひどく疲弊し、早晩、コミュニケーションをとろうとすること自体を断念することになります。

こうして、注意欠如・多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)の診断は受けていないけれども、それらの特性があるために職務を十分に遂行することができないと見られる従業員に対する合理的配慮の探求は、隘路にはまり込むことになります。

これは、筆者自身が、企業の人事労務を支援するなかで、常に向き合ってきた難問であり、きれいな解答を持ち合わせているわけではありません。ただ、試行錯誤の経験から、もしかしたらこれも合理的配慮かもしれない、意外とうまくいくかもしれないと実感している方法があります。

合意を急がない「対話」がもたらすもの

筆者は、企業から問題社員について相談を受けると、いわば“二人羽織”という方法で企業と当該社員との「対話」を後方支援しています[3]。筆者自身は姿を見せず、会社側の窓口担当者(上司、人事等)による当該社員との日々のコミュニケーションを指導するというかたちで、当事者間の「対話」に介入するのです。書簡やメールのやりとり、面談などのあらゆるコミュニケーションについて、その内容と表現の両面から、具体的に指導しています。

「対話」と言っても、その内容は、双方の利害が対立し、真っ向から主張がぶつかり合う論点、すなわち、社員からの要求(復職許可、パワハラ認定、人事異動等)と社員への要求(体調回復、態度改善、能力発揮等)です。たとえ、その社員に発達障害の特性が強くうかがわれるとしても、その特性について発達障害という文脈で言及することはせず、あくまでも、当該社員が雇用されている目的に照らし、労働契約の「債務の本旨に従った労務提供」ができているかについて、会社側の認識を丁寧に伝え、受け入れられない点を指摘し、改善を要求するのです。ただし、同時に、本人に意欲さえあるならば、会社はできる限りの支援をする用意があることと、きっとできるようになると期待していることも示し続けるのです。

確かに、本人は、会社からの投げかけを素直には受け止めず、質問に答えず、他人の非難やできないことの言い訳を続け、「対話」が噛み合わないことはしばしばあります。しかし、それでもかまわないのです。「事実」は1つであっても、それをどのように「認識」するかは人それぞれです。そもそも動かしがたい「事実」とみられることは端的に指摘しますし、相手の「認識」に同意することができず、こちらは異なる「認識」であることはしっかり伝えますが、相手が異なる「認識」をしていること自体は否定せず、そのまま受け止めればよいのです。

あとは、会社側がへこたれないで、一貫した姿勢で「対話」を続けることができるかです。そのためには、筆者のような後方支援する者が、本人との窓口になっている人事や上司の方が抱くさまざまにネガティブな感情を当然のこととして肯定し、全面的に支援することが必要です。また、そうすることで、会社の皆さんも、相手と自分の両方を俯瞰して見られるようになり、また、相手がいまこうなっている背景や脈絡について思いをいたす心の余裕も生まれてきます。

このように、会社側が踏ん張って「対話」を続けていると、大抵のケースで、局面が大きく展開し、最終的に、退職に至ることになりますが、それは計画的にやることでも、無理強いできることでもありません。合意を急がない「対話」を通じて、社員は一定の納得感が得られるからこそ、その会社を「卒業」できるのかもしれませんし、さらに、自分のよりよい将来への「展望」を抱く手掛かりを得られるからこそ、次の会社でやり直そうと決断できるのかもしれません。

[1] 川島聡=飯野由里子=西倉実季=星加良司「合理的配慮―対話を開く、対話が拓く」(有斐閣、2016年)

[2] 拙稿「合理的配慮の提供をめぐる『対話』が個人と組織を成長させる」(産業ストレス研究27巻2号 2020年)

[3] 拙稿「他責傾向の社員との『対話』のための私の支援方法~二人羽織~」(明星大学発達支援センター紀要 MISSION March/2020 No.5)、前注2

【初出:「労務事情」(産労総合研究所)2020年8月1・15日 No.1409】

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