不動産を代償分割するか換価分割するか、譲渡所得税の課税に注意
1 はじめに
最近、私が受けた法律相談で、不動産の遺産分割の際、いかにも盲点になりそうな課税の問題がありましたので、紹介します。
具体的には、土地、建物などの不動産の遺産分割の方法として代償分割と換価分割のいずれの方法によるかによって課税、特に譲渡所得税の課否、その額が変わってくるということです。
2 遺産分割の方法と課税
不動産(※1)の遺産分割の方法としては、現物の形状や性質を変更することなく分割する方法(現物分割)のほかに、代償分割と換価分割があります。
(1)代償分割
代償分割とは、共同相続人の1人又は数人が相続財産(不動産など)の現物を取得する代わりに、他の相続人に対する代償金の支払いなどの債務(代償債務)を負担する方法です。代償分割は、農地や事業用資産などの特定の遺産を、農業等を承継する特定の相続人に取得させる必要がある場合などに有効な方法です。この場合、代償財産を取得した相続人には、相続税は課されますが、譲渡所得税は課されません。これに対し、不動産を代償取得した相続人が、当該不動産を売却した場合には、その相続人には譲渡所得税が課せられます(※2)。
(2)換価分割
換価分割とは、遺産(不動産など)を未分割の状態で売却等して換金(換価処分)した後に、その代金を相続人間で分配する方法です。
換価分割の場合、各相続人は相続税のほかに、対象不動産を全員で売却したことになるので、各相続人に対する分配割合に応じて譲渡所得税も課せられます。
(3)注意点
以上のとおり、不動産を代償分割するか換価分割するかによって、その後の課税関係が変わってくるので注意が必要です。特に、代償分割で不動産を取得した相続人が、代償金を支払うためにその不動産を売却した場合、想定外の多額の譲渡所得税が課されることもあり得るので、代償金の算定の際には、このような将来の税負担も考慮して相続人間で合意することが必要です。
3 換価分割の合意がされていたのに、代償分割の遺産分割協議書が作成されたケース
(1)相続登記の実務
2で述べたことは、遺産分割に関する書籍などにはよく記載されているのですが、実務上はしばしば、相続人全員が換価分割で合意しているにもかかわらず、売買手続の簡素化、便宜のために、共同相続人の1人を代表者として相続登記を行ってから売却し、その代金を分配することがあるようです。
この場合でも、遺産分割協議書には換価分割であることを明示しておけば問題ないのかもしれませんが、私が相談を受けたケースでは、遺産分割協議書でも、登記手続と整合させ、代償分割の条項が記載されていました。いかにもありそうなことだと思います。
この場合、その代表者のみが、対象不動産の売却代金に係る譲渡所得税の全額を負担する可能性が高いと思われます。
このような場合に、その代表者が過大な譲渡所得税の課税を回避することはできるでしょうか。
(2)課税は実質主義
課税は形式ではなく実質で判断されると言われます。
租税法の泰斗である金子宏教授も、「相続財産の譲渡による所得が相続人間に分割された場合に、それが各相続人の譲渡所得となると解すべきか、それとも代償分割にあたると解すべきかは微妙な問題であり、分割協議の内容、その解釈、財産譲渡の経緯等にてらして事案ごとに判断しなければならない問題である」と述べておられます(※3)。
実際、遺産分割協議書には、代償分割の条項が定められていながら、遺産分割協議と並行して当該遺産(借地権)の売買交渉が進められ、遺産分割協議書に署名押印がされた2日後に当該遺産の売買契約が締結され、その代金がほぼ法定相続分に近い割合で共同相続人に配分されたなどの事情を考慮して、当該遺産分割は実質的には換価分割であると判断した裁判例(※4)もあります。
相続人全員の意思は換価分割であるにもかかわらず、相続人の人数が多い、早期に売却をする必要がある、買い手の不動産業者から要請されているなどの諸事情により、一旦、相続人の1人の相続登記とする場合もあると思います。
そのような場合には、遺産分割協議書に、(仮に代償分割の条項になっていたとしても)、その目的は「換価分割のため」であること、当該不動産の売却時期(予定)、代金の分配額・支払時期、登記費用の負担割合など、実質的には換価分割であることを推認できる事項が記載されていれば、換価分割であると認められる可能性があると思われます。
また、このような記載がない場合でも、相続人間の話合い、買い手との交渉の内容など、相続人間に換価分割の合意があったことを裏付ける証拠があれば、換価分割であると認められる可能性もあると思われます。
いずれにせよ、不動産の遺産分割をする場合には、相続税、譲渡所得税等の課税の問題を十分検討することが必要です。
以上
引用等:
※1 理論上は、不動産以外の遺産についても問題になり得ますが、課税の問題が生じる典型的な場合として不動産について記載します。
※2 代償取得した不動産を売却した相続人の譲渡所得の計算上、支払った代償金は取得費として控除することはできません(最高裁平成6年9月13日判決・判例時報1513号97頁、所得税基本通達38-7(1))
※3 金子宏『租税法(第24版)』269頁
※4 横浜地裁平成3年10月30日判決・判例時報1440号66頁
関連するコラム
-
2019.12.13
奈良 正哉
税理士はかわいそう
「税理士ミス訴え頻発(12月10日日経)」にあるように、税理士が顧客から訴えられて損害を賠償する保…
-
2019.12.02
奈良 正哉
固定資産税の過払い
「固定資産税 過払い頻発」との記事が12月2日日経に掲載されている。固定資産税は、課税当局が、納税…
-
2018.05.08
奈良 正哉
固定資産税を疑え
今週のエコノミストの特集は「固定資産税を疑え!」である。市町村等から送られてくる固定資産税の納税通…
-
2017.04.03
連載 リスクコンシェルジュ~税務リスク第97回 消費税の仕入控除税額の計算方法の選択誤りと更正の請求
消費税の仕入控除税額の計算方法の選択誤りと更正の請求 Q 消費税の仕入控除税額の計算につき…
橋本 浩史のコラム
-
2024.09.13
橋本 浩史
外国子会社合算税制の適用除外要件(非関連者基準)の適用の可否が争われた税務判決 ~最高裁令和6年7月18日判決(日産自動車事件)(裁判所WEBサイト)~
1 はじめに 外国子会社合算税制(タックス・ヘイブン対策税制)とは、法人の所得に対する税負担がゼロ又…
-
2024.07.12
橋本 浩史
法人が支出した取締役の損害賠償金の損金算入の可否が争われた税務判決の紹介 ~横浜地方裁判所令和6年1月17日判決TAINS Z888-2558~
1 はじめに 法人が、その取締役が他の法人の取締役としての職務を怠ったことを理由に負担した会社法42…
-
2024.06.14
橋本 浩史
相続後に条件成就して実現した債務免除益に対する所得税課税の可否が争われた税務判決の紹介 ~東京高等裁判所令和6年1月25日判決(上告)~
1 はじめに 相続時に相続財産から控除されなかった訴訟上の和解に基づく債務が、相続開始後に条件成就に…
-
2024.05.13
橋本 浩史
賃貸人以外の者から受領した「損失補償金」が「資産の譲渡等」の対価に該当し消費税の課税対象となるか否かが争われた税務訴訟判決の紹介 ~広島地方裁判所令和6年1月10日判決TAINS Z888-2557(確定)~
1 はじめに 消費税は、物品やサービスの各取引段階において付与される付加価値に着目して課税するもので…