夜勤時間(不活動時間)における割増賃金算定の基礎単価 ~千葉地方裁判所令和5年6月9日判決(※1)を題材に~

著者等

橋本 浩史

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労働紛争 就業規則等整備

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警備員の仮眠時間など、いわゆる不活動時間が、労基法上の労働時間に該当するか否かについては、判例(大星ビル管理事件・最高裁平成14年2月28日判決など)により、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まると解されています(指揮命令下説)。この場合、労基法37条に基づく割増賃金を計算する基礎となる賃金単価は何か。この点が争点となり、当該従業員の基本給の額からではなく、夜勤手当の金額から当該賃金単価を算定した興味深い裁判例がありました。本件は控訴されており、その結論によっては、警備業、病院、福祉業界など夜勤、泊まり込み勤務などが多い業界における労務管理に与える影響は大きいものと思われます。

1 はじめに

仮眠時間や待機時間等の不活動時間が、労基法上の労働時間であるかどうかは、当該労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより客観的に定まると解されています。

使用者としては、当該不活動時間にほとんど実作業がない場合には、「監視又は断続的労働に従事する者」として、労働基準監督署長の許可を受けることにより、時間外・休日労働の割増賃金を支払う義務を免れることができますが(労基法41条3号、深夜労働の割増賃金は支払う必要があります。)、そうでない場合、当該不活動時間の「全部」が労働時間かそうでないかのいずれかになります。

そして、その全部が労働時間となった場合、仮眠時間などの「労働密度」が低い不活動時間における割増賃金の基礎単価は何か。本判決は、この点が正面から争われた珍しい裁判例だと思われます。

2 事案の概要

被告は、社会福祉法の定めにより設立された社会福祉法人であり、千葉県内に複数の福祉サービス事業所を運営していました。

原告は、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結した従業員で、被告の運営するグループホームで、入居者の生活支援の業務を行っていました。

原告と被告との雇用契約では、原告の賃金については、基本給24万4250円、夜勤手当6000円(1日当たり)などと定められていました。

原告の勤務形態は、午後3時から9時まで勤務し、そのままグループホームにおいて宿泊し、翌日午前6時から10時まで勤務するというものでした。

①  午後3時~午後9時

通常勤務
②  午後9時~翌日午前6時 泊まり勤務
③  翌日午前6時~午前10時 通常勤務

原告は、被告を退職後、被告への在籍期間の一部につき、未払割増賃金等の支払いを求めて、被告に対する本訴訟を提起しました。

本訴訟の争点は、(1)原告が泊まり勤務をしていた上記②の夜勤時間帯が全体として労働時間に該当するか否か、(2)夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎となる賃金単価の2つでした。

3 争点(1)について

争点(1)については、被告は、被告のグループホームでは、夜勤時間帯に被告が指示し生活指導員である原告が具体的に行うべき業務はほとんど存在しなかったなどと主張し、夜勤時間帯の全体が労基法上の労働時間に該当することはないと主張しました。

この点について、本判決は、上記の大星ビル管理事件判決などを引用した上、「原告が夜勤時間帯に生活支援員としてグループホームに宿泊していた時間は、実作業に従事していない時間を含めて、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができるから、労働からの解放が保障されているとはいえず、使用者である被告の指揮命令下に置かれていたものと認められる。よって、夜勤時間帯は全体として労働時間に該当する。」と判断しました。

この判断は、大星ビル管理事件判決などの最高裁判決の判断手法に沿ったものといえます。

4 争点(2)について

問題は、争点(2)についての判断です。

この争点について、原告は、原告のそのときの基本給の額から算定される額を賃金単価とすべきと主張したのに対し、被告は、夜勤手当の額から算定される額、具体的には、6000円を夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間で除した750円を賃金単価とすべきと主張しました。

原告の主張 そのときの基本給の額に応じて、1528円、1540円、1560円
被告の主張 750円(=6000円(夜勤手当)÷8時間)

そして、裁判所は、「1回の泊まり勤務についての賃金が夜勤手当であるとされていたことに照らすと、夜勤手当の6000円は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価として支出されることになるので、その間の労働に係る割増賃金を計算するときには、夜勤手当の支給額として約定された6000円が基礎となるものと解される。したがって、被告における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円であると認めるのが相当である。」と判断しました。

5 検討

労基法37条1項は、使用者に対し、時間外労働・休日労働について、「通常の労働時間又は労働日の賃金」の計算額をベースとして法定の割増賃金率で計算した割増賃金の支払いを義務づけています(深夜労働については、同条4項)。

この「通常の労働時間又は労働日の賃金」の意義については、「いわゆる通常の賃金」、すなわち、「当該法定時間外労働ないし深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金」であると解されています(大星ビル管理事件判決)。

この見解によると、本件でも原告の主張するように、基本給の額から算定した賃金単価を割増賃金算定の基礎とすべきであると思われます。

しかし、本判決は、「夜勤時間帯が全体として労働時間に該当するとしても、労働密度の程度にかかわらず、日中勤務と同じ賃金単価で計算することが妥当であるとは解されない。」との問題意識(※2)を示したうえで、「日中勤務と比べて労働密度の薄い夜勤時間帯の勤務について、契約において特に労働の対価が合意されているような場合においては、割増賃金の算定の基礎となる賃金単価について前記…のように解することが労基法37条の…趣旨に直ちに反するものとは解されない。」と述べて、前記のとおり、750円を賃金単価であると判断しました。

本判決で見逃してはいけないのは、下線部分、すなわち、当該不活動時間(仮眠時間)の労働の対価が労使間で明確に合意されていることが前提条件とされていることです。

実は、このような労使間の合意があれば、「通常の労働時間又は労働日の賃金」は合意した賃金によるという見解は従前から存在し(※3)、本判決は、裁判所の判断としてかかる見解を示した点に先例的な意義があると考えます。本判決の考え方によれば、大星ビル管理事件判決が述べた「通常の労働時間又は労働日の賃金」の意義は、労使間で不活動時間の対価が合意されていなかった場合に妥当することになります。

仮に、本判例の判断が上級審でも維持された場合、就業規則(賃金規程)などにどのような条項があれば、労使間に「明確な合意」があったと認められるのかも問題になり得ると思います。

単に、「夜勤(泊り)手当 1日当たり○○円」という規定では、当該金額が当該夜勤(泊り)業務の対価なのか否か(全部か一部か)必ずしも明確ではないように思われ、使用者としては、就業規則(賃金規程)上、夜勤(泊り)手当等が当該夜勤(泊り)勤務の対価(の全て)であること、割増賃金の基礎単価であることを疑義が生じないように明記することなどが有効だと考えます。

冒頭でも述べたとおり、本判決は控訴されており、軽々に評価することは出来ず、上級審がどのような判断をするのか注目すべきだと考えます。

以上

引用等

※1 労働経済判例速報2527号3頁

※2 菅野和夫東京大学名誉教授も、「このような仮眠時間を完全な労働時間と同じく取り扱うことは確かに実際的妥当性に問題があるが」と述べています(『労働法(第12版)』弘文堂499頁)。

※3 「例えば、所定労働時間中に甲作業に従事し、時間外に乙作業に従事したような場合には、その時間外労働についての「通常の労働時間又は労働日の賃金」とは、乙作業について定められている賃金である。」(『平成22年版 労働基準法上』厚生労働省労働基準局編511頁~512頁)、安西愈󠄀『新しい労使関係のための 労働時間・休日・休暇の法律実務(全訂7版)』419頁など

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