「働き方改革につながる!精神障害者雇用」第9回 差別禁止

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【第9回 差別禁止】
能力に基づく差異を
魅力的なオープン就労へ

◇給与は適正な水準か
障害者雇用では、給与は最低賃金をぎりぎり上回る水準という例をよくみる。「障害者枠での雇用だから給与は当然に低くても構わない」という認識で、仕事の市場価値にかかわらず低い給与を設定しているのであれば、障害者であることを理由とする差別になり、昨年(注:2016年)4月から施行された改正障害者雇用促進法第35条(「事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない」)に抵触するおそれがある。

障害者に担当させている仕事や障害者が発揮している能力は、本当にその程度の価値なのか、個別に洗い直した方が良い。これまでは、採用してもらえるだけでありがたいという障害者側の意識のおかげで問題にされなかったかもしれないが、非正規雇用に「同一価値労働同一賃金」を及ぼす世の中の趨勢が強まるにつれ、「障害者の処遇がこれほど低いのはおかしくないのか?」との疑問が当然に湧いてくる。

もっとも、職務遂行能力に基づく異なる取扱いは禁止されていない。同法の「不当な差別的取扱い」の禁止とは、他の差別禁止規定と同様、“均等”と“均衡”の両方を求めている。「等しい者を等しく、等しくないものを(その相違に応じて)等しくなく取り扱うべし」との法格言がある。これを雇用の場面に置き換えれば、ある事由が、職務に影響がないなら、その事由を考慮しない同一の取扱いを、職務に影響があるのなら、その影響の大きさに応じた異なる取扱いをするべし、ということである。

したがって、障害が職務に及ぼす影響の差異に応じた取扱いならば、「不当な差別的取扱い」ではない。ただし、その判断は、同じく改正障害者雇用促進法が企業に義務付けている「合理的配慮の提供」を行った上で、それでもなお残る職務遂行能力の違いに基づくものでなければならない。

この点、合理的配慮は、それぞれの障害者の特性に応じて個別性が高く、障害者の意向も十分に尊重したものでなければならないから、障害者と企業との間で対話を積み重ねることで初めて確認できることがあるだろう。また、障害者が合理的配慮の提供を受けて実際に発揮することができる職務遂行能力も、募集採用の段階で予測することは難しいかもしれない。したがって、採用当初の給与については、期待される職務遂行の市場価値を反映した水準に設定しづらいことは理解できる。

しかし、安定した就労継続に目途が立ち、発揮される職務遂行能力が分かった後も漫然と低い処遇を続けることは、この「不当な差別的取扱い」の禁止の観点から問題である。もっとも、法定雇用率達成のため企業の採用意欲が旺盛な昨今では、障害者は、安定した就労に自信を付けるにつれて、つまらない仕事や低い処遇に嫌気がさし、あるいは生活の必要に迫られて、転職を考え始めるだろう。

そもそも、従来、障害者雇用では、「仕事の切出し」という表現で、それぞれの部署や社員が遂行している業務の中からルーチンワークや補助的な作業を分離して障害者に担当させることが推奨されてきた。精神障害者や発達障害者の中には、一般雇用での経験があり、より市場価値の高い仕事の能力を持っている人が多い。いつまでもそのような状態に甘んじてはいられなくなることも、想定しなければならない。

◇多くが“伏せて”就活
 精神障害者や発達障害者が障害者枠を避け、一般雇用枠の就労を希望する理由の一つが、障害者枠でのかなり低い給与水準である。厚労省が平成25年に実施した障害者雇用実態調査では、精神障害者の1カ月の平均賃金は15万9千円であり、フルタイムかそれに近い働き方と想定される週所定労働時間30時間以上の者でも19万6千円である。身体障害者が、それぞれ22万3千円と25万1千円であるのに比べ、かなりの開きがある。

したがって、精神障害や発達障害の場合、一般雇用の求人に応募する人が多い。その場合はたいてい障害を伏せて就職活動することになる。そうしなければなかなか一般雇用で採用されないのが現実だからである。社内のメンタル不調者の対応に苦労している企業が、精神障害や発達障害を抱える人の採用に腰が引けてしまいがちなことは理解できなくはない。

無題(第9回)

障害があることを明らかにして障害者枠の求人に応募することを「オープン就労」というのに対して、このように障害を伏せて一般雇用の求人に応募することを「クローズ就労」という。しかし、クローズ就労では、障害者は、新しい職場の誰にも相談ができず、必要な配慮も得られず、即戦力を期待され、最初から、残業を含めフルパワーで仕事をしなければならない。服薬や通院にも支障を来たし、無理をして体調を悪化させ、早々に休職や退職に至る、ということになりやすい。それどころか、長時間労働やパワハラがある職場に配置され、万一自殺に及ぶようなことにでもなれば、労災申請や安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟に展開することにもなりかねない。このような現状は、果たして合理的だろうか。

むしろ、企業としては、最初から障害をオープンにしてもらい、障害を前提として、仕事をする準備ができているか見極め、必要な配慮について十分に話し合いながら、さらに、ジョブコーチ等の支援者による助言やサポートを受けて雇用管理を行った方が、はるかに効率的であるし、何よりも安全である。

実際には、かつての失敗を糧に、自己管理と自分らしく働くための訓練を経てやり直しに臨んでくる人たちは、初めてのメンタルヘルス不調で戸惑っている社内のメンタルヘルス不調者とは、状態が全く異なる。企業は、精神障害者や発達障害者が安心して障害をオープンにして応募できるよう、トップから率先してダイバーシティ&インクルージョンの方針を表明し、障害者雇用のキャリアをデザインし、担当させる仕事のレベルアップと給与を初めとする待遇の改善に戦略的に取り組む必要がある。

弁護士 小島 健一

初出:労働新聞3139号・平成29年12月4日版

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