ストックオプション税務訴訟 新春特別企画-後編- 村井勝氏と八幡惠介氏が語る日本経済の再生 -インセンティブのない日本に未来はない-

村井勝氏 八幡惠介氏

――  今回のストックオプションについては、所得区分も含めてどう課税されるべきだったのでしょうか。
   
村井: まず法律を作るべきだった。それがスタートですよ。今まで話してきたようにストックオプションというのは非常に性格が微妙なんです。だから10年以上前にさんざん検討して一時所得だという見解を出したんですよね。それをある日いきなり給与所得だと見解を変更した、さあ昔の分も含めて足りない税金を払え、でしょ。ひどいのは過少申告加算税まで掛けられてる。これには怒りを通り越して呆れてきさえしますね。
   
――  税務署の対応はいかがでしたでしょうか。
   
村井: 僕の場合は、僕の税務処理を担当している公認会計士が相談に行ったんです。そうしたら税務署員が、本庁と念入りな相談の上「これは一時所得に該当します」と明言したんですね。それなので、「間違いはありませんね、一時所得として申告して宜しいんですね」と念を押した。「一時所得として申告して頂いて結構です」と、そう答えたんです。本当は税務署長のハンコが欲しかったんだけどさすがにそれは断られた(笑)。その後に今回の問題が発生したものだから経緯確認のため、内容証明付きの手紙を所轄の署長宛て手紙をだしました。文章で返事は出せないが、税務署員がお会いしたいと言って、東京の私の事務所まで来て、口頭でそのことを認めました税務職員が。確かにそう指導しましたと。
   
――  村井さんは確か過少申告加算税は掛けられなかったのですね。
   
村井: そうです。さすがにそれは出来なかったのでしょう。自分達で認めたわけですから。でもだからと言って遡って課税して良いということにはならないでしょう。このようなことが許されば、将来お役所の都合でどの様に変更されるか分からないという不安に駆られます。日本にもストックオプション制度が導入され、それを自社の役員や従業員が行使して所得があった場合には給与所得として課税されるそうですね。だから外資系企業の親会社からもらったストックオプションもそうしたいという気持ちは分からなくはない。
ただ、そうであるなら、徹底的にストックオプションというものを議論してそして法律を作って一般に公表すべきでしょう。今回のような闇討ちの課税をされたら、国民は安心して生活なんか出来ないですよ。
   
――  一般の方に分かりづらいのは、「行使の時点での課税」ということもありますが。
   
八幡: 確かにね。行使してすぐに売るのであればそのとき現金が入ってくるから税金払わなきゃ、という気持ちになるんですよね。でも、行使しただけつまり株式で持ってる場合だと安く買えたな程度の認識しかないかもしれない。
   
――  その時点では、含み益だけですから。
   
八幡: ストックオプションというのはね、その会社に対する信頼が非常に高い、あるいはこの会社の株価は今よりももっと上がるという意識がなければ、まず行使しないですね。下がるかもしれないものは行使するはずがない、下がった時点で行使すれば良いんだから。そういう意識で行使しますからね、ストックオプション行使で持った株式というのは持ち続けるというのが本来の姿なのでしょうね。逆にこれを経済効果という点から考えますとね、もし最初から給与所得で課税されるということが分かっているのなら、非常に安い株価のときに行使しますよ。そうやって得た資金を有効に使うことが出来ますからね。でも私の知る限りではベンチャー企業やIT関連企業の株価というのは付与された金額よりも下落するリスクをものすごく持っている。だったら、ストックオプションじゃなくて市場から買えば良いわけです。ここに「行使時に給与課税」という一括りの課税がなじまない理由があるんです。
   
村井: 米国の場合には長期間保有の場合には税制上の優遇もあります。つまり、会社に信頼を持っている人は株式を長期間保有する、行使してすぐに売却という方法は採らないんです。だから行使して課税というのはそもそもストックオプションの考え方ではないんですよね。今回のテロ後の日本とアメリカの対応でも分かるように、アメリカでは株価の暴落について直ぐに手を打ったんです。でも日本政府は何もしない。株価は市場に任せるという考えなんでしょうが、緊急事態に常に後手に回るという対応の仕方はいいかげん改めなくてはいけないです。ストックオプションの課税についても同じことです。長い間真剣に議論することを放置して、そのツケを国民に負わせている訳です。
   
――  税制がはっきりしていない段階では、ストックオプションを行使するという経済的活動に影響はあるでしょうか。
   
八幡: それは勿論ありますね。例えば給与所得課税だということであれば、約半分が税金です。それが一時所得課税ならさらにその半分、この差が与える影響というのは大きいですよ。例えばね、給与所得だということであればその分の税金は当然考えてあるわけです。半分は現金で納税用に確保しておこうかなとかね。でも一時所得で申告するようにと言われていれば当然4分の1の納税資金しか確保していない。残りというのは、自由に使えるものとして人によっては再投資したり家を買ったりする人もいるかもしれない。今後ストックオプションを導入する会社が増えて、その対象となる人が増えてきます。それなのに税制が迷走しているというんでは、その後の経済活動に支障が出てくることは当然といえるでしょうね。
   
村井: それを今回のように遡って課税されるとなると、もう手元に現金が残っていない人もいっぱいいるわけですね。それどころか申告後株価が下がってしまっていて損失状態になっている人さえいるわけです。そこのところを考慮してくれるのかといえば、そんなことは絶対にしてくれない。こんな状態では誰も怖くて動きが取れなくなってしまうのは当たり前ですよね。こういう経済行動を阻害するような課税実態というものにメスを入れなくてはいけないでしょうね。
   
――  払えない人達は何か行動を起こすでしょうか。
   
村井: 今回裁判を起こして実感しましたが、とにかくこの国では個人の力が非常に弱い、というか全く不公平な立場に置かれているんです。課税の問題について言えば、税務署側というのはいつでもやって来ることが出来る、逆に言えば期限ギリギリまで引き延ばすことが可能です。しかし納税者の方はその救済を求めるとしたら、ごく短いわずかな時間しか与えられていない。次に支払い不可能な人で言えば、これは税務署員の指導に従っていた方が殆どなんです。本来ならこれはそれを言った税務署なり上級官庁が責任を取るべきですよ。それがないから、今度は別の裁判を起こして責任を追及するしかない。でもそれは時間的にも精神的にも経済的にもとてつもない負担を納税者に強いることになります。だから泣き寝入りしてしまうんです
ね。こんな不公平な制度も改めなくてはいけないんです。
   
――  実際に原告席にお座りになっていかがでしょうか。
   
八幡: これは訴訟法上仕方がないのかもしれませんが、全ての手続きが書面だけでやり取りされているというスタイルには正直失望しました。民主主義の原点である議論というものをもっと戦わせて、お互いの主張を詰めていくんだということを期待していましたからね。
   
村井: 僕は仕事が東京で、裁判所が横浜ですからね。たった5分の法廷のために少なくとも半日を犠牲にしなくちゃいけないという今の裁判制度は、さっきも言ったけれど個人にはあまりに負担が大きすぎますよ。これだけの時間があったらもっと生産性のある仕事が出来ますからね。
   
――  他の裁判に比べるとかなり法廷で議論されているほうですが(笑)
   
八幡: あれでですか!僕から見ると「日程」の議論をしているようにしか見えないなあ(笑)。
   
村井: 裁判というものは曖昧な法律を確認するために起こすものだと、日頃良く耳にします。裁判官や弁護士の方にすれば当たり前のことなんでしょうが、それをあのような手続きで個人に負担を強いるというのは問題だと思いますね。
   
――  一番最初にスタートした西岡さんでさえ、本当の議論はここからではないかと。
   
八幡: まあこれは個人個人の考え方だから一概には言えないけれど、僕の場合は何年かかってもやろうねと西岡さん達と話をしました。ただ、時間が負担で諦めちゃう人も勿論いるでしょう。この裁判で決着がつくのはいつになるのかなあ。僕の年で考えるとこれが5年、10年かかるということだと、勝って税金が返ってきたとしても、もう有意義に使うことは出来なくなっているんだよね。再投資をしようという元気はなくなっているんではないかな。失われる時間というのは大きいですよね。
   
村井: これは今回訴訟を起こした皆が感じていることですよ。日本では全く発達していないベンチャー企業を育成しようと皆考えていたんですよ。その大事な資金を全部取り上げられてしまった訳ですから。
   
――  西岡さんの提訴後の記者会見で訴訟への決意を語られておられましたが。
   
八幡: 僕はね、今の日本で「通念」とされていることを変えていかなくてはもうどうにもならないという強い危機感がありました。ですから、あの裁判を通してそれを皆さんにお伝えしたかった。でも一人の力というのは本当に弱いものです。ですから、なんとか多くの人に立ち上がってもらって議論を起こしたかった。そして日本をより良い方向に変えていく力を作っていきたいと思ったんです。今の日本の納税者の殆どは源泉徴収という一見便利な制度で納税が完了してしまいます。でもそれでは自分の税金の行方に関心を持つということが全くないんですね。国の策にはまっているとしか言えない。ですから、もっともっと納税者としての意識をもって下さい、理不尽なことを押し付けられたのなら戦って下さいというメッセージを込めて今回の訴訟を決意したんです。
   
村井: 僕もそうでしたね。これは誰かがやらなくちゃいけないことなんです。見過ごしたままでいたら、またこれもおざなりのままでいたでしょうから。日本の官僚制度がおかしいということは昔から言われ続けている。でも誰もそれを真正面から問い質そうということはしてこなかったですよね。だから、国は税金を取り易い所から取れるだけ取る、そして後の使い道は自分達が決めるから口出ししなくてよろしいという態度ではこの国の経済はいつまで経っても活性化されません。国が良くなるには、この国を良くしてやろうというインセンティブを国民が持つこと、そしてそのインセンティブを持たせてあげたいという国の政策が一番なんです。それを阻害しようとするのが国ならば、その国の過ちを正してやらなくてはいけないですよね。私も皆と一緒に最後まで頑張りますよ(笑)。
   
――  本日は有難うございました。
   
-前編-

村井勝氏
学歴: 関西学院大学商学部〔昭和35年〕卒;カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院経営学専攻〔昭和37年〕修士課程修了
経歴: 昭和37年米国IBMに入社。38年日本IBMに移り、日本最初のオンライン・バンキング・システムの構築を手がける。63年情報通信事業統括本部長を経て、平成3年コンパック初代社長に就任。9年4月会長に。10年1月日本タンデムコンピューターズとの合併に伴い、コンパックコンピュータ取締役相談役に就任。のち顧問。外資系情報産業研究会会長、ジェネラル・アトランティック・パートナーズ特別顧問、ビジネスカフェジャパン会長も務める。

八幡惠介氏
学歴: 大阪大学工学部通信工学科〔昭和33年〕卒;シラキュース大学大学院〔昭和37年〕修士課程修了
経歴: 昭和33年日本電気入社後、35年米国シラキュース大学留学。56年米国のNECエレクトロニクス社長。58年日本電気理事、59年退社。60年1月米国のLSIロジック社出資の日本法人として同年春発足した日本LSIロジック社長に就任。平成5年会長、6年相談役。11年日米の半導体ベンチャーを育成するためのコンサルタント会社、ザ・フューチャー・インターナショナルを設立。この間、昭和60年9月からは日本セミコンダクター社長、平成元年同社会長、7年1月アプライドマテリアルズジャパン(AMJ)社長。半導体業界きっての米国通。
(聞き手は、弁護士 間瀬まゆ子 / 高田貴史)

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