総則6項を適用した課税処分を取り消した税務訴訟判決の紹介~東京地裁令和6年1月18日判決TAINS Z888-2556~
1 はじめに
財産評価基本通達(評価通達)に基づいて評価したマンションの評価額を、評価通達6(「総則6項」といわれています。)を適用して否認した課税処分を妥当とした最高裁令和4年4月19日判決(タワマン節税事件判決、以下「最高裁令和4年判決」といいます。)は、大いに世間の耳目を集めました。
最近、同判決の判断枠組みを適用して、取引相場のない株式について、課税庁が総則6項に基づき納付すべき相続税額を増額した課税処分を取り消した注目すべき税務訴訟(判決)が公表されました。
本判決は控訴されており、未だ確定した判断ではありませんが、総則6項の適用の可否に関する重要な判決だと思われますので、紹介します。
2 総則6項とは
まず、前提知識として、相続税における財産評価の方法に関する法令等の定めを確認します。
相続税法22条は、特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得時における「時価」により評価すると定めていますが、同法にはごくわずかな規定のほか具体的な時価の算定方法を定めた法令の規定はありません。
一方、評価通達1(2)は、時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は評価通達の定めによって評価した価額によると定め、評価通達では、各種財産について画一的かつ詳細な評価方法が定められています。
他方、評価通達6(総則6項)は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定め、一定の場合には課税庁が評価通達によらない評価を行うことを可能としています。
3 最高裁令和4年判決の判断基準
まず、この「伝家の宝刀」ともいわれる総則6項による課税処分の適否が争われた最高裁令和4年判決を振り返ってみます。
(1)事案の概要
同判決の事案の経緯を簡潔に紹介すると以下のとおりです。
被相続人は、平成21年に合計10億5500万円を借り入れてマンション2棟を合計13億8700万円で購入しました。
被相続人は、平成24年6月17日、94歳で死亡しました。
共同相続人の一部である上告人らは、当該マンション2棟の価額を評価通達の定めによって合計約3億3400万円と評価し、課税価格の合計額を約2800万円、相続税の総額を0円として相続税申告をしました。
これに対し、所轄税務署長は、当該マンション2棟の評価について、総則6項により、別途実施した鑑定により12億7300万円と評価し、これを基礎として、課税価格の合計額を約8億8900万円、相続税の総額を約2億4000万円とする課税処分をしたところ、上告人らがこの処分の取消しを求めて提訴しました。
(2)裁判所の判断
最高裁令和4年判決は、①相続税法22条と評価通達の関係、②平等原則と評価通達の関係について判示し、結論としては、課税処分を適法であると認めました。
ここでは①については省略し、②についての判断を紹介します。
同判決は、まず、
課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。 |
と述べ、評価通達による評価を上回る評価によって納税者に不利益な処分を行うことは、原則として平等原則に違反することを明らかにしました。
その上で、同判決は、さらに、
相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。 |
と述べ、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(以下「特段の事情」ともいいます。)がある場合には、評価通達による評価を上回る評価を行うことも平等原則に違反しないことを明らかにしました。
以上のような判断枠組みを示した上、同判決は、①当該マンション2棟の通達評価額と鑑定評価額との間に大きなかい離があることをもって「特段の事情」があるということはできないが、②本件購入・借入れが行われたことにより、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになり、③被相続人及び上告人らは、租税負担の軽減をも意図して本件購入・借入れを行ったものといえ、そうすると、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するとして、本件課税処分は平等原則に違反しないとして、課税処分を適法と判断しました。
4 東京地裁令和6年1月18日判決
(1)事案の概要
本判決の事案の概要は以下のとおりです。
被相続人は、薬局の経営、医薬品の製造及び販売等を目的とする株式会社であるO社の発行済株式6万株のうち、2万1400株(本件相続株式)を保有していました。同社の株式は、評価通達においては、「取引相場のない大会社の株式」に該当し、納税者の選択で類似業種比準価額又は純資産価額のいずれかの方法で評価することとされていました。
平成26年1月から、被相続人は、V社との間でO社株式の売却等を目的として協議等を開始し、同年5月29日には同社との間でO社株式の譲渡についての基本合意を締結しました。
被相続人は、平成26年6月11日、死亡しました。
その後、O社の取締役会、被相続人の相続人らによる遺産分割協議などを経て、同遺産分割協議及び他の株主らからの譲渡等により同社株式の全6万株を取得した被相続人の妻が、同年7月14日、同株式をV社に譲渡しました(1株当たり10万5068円)。
その後、被相続人の相続人らは、本件相続株式を類似業種比準価額によって1株当たり8186円と算定した上で、相続税申告をしました。
しかし、所轄税務署長は、平成30年8月7日付けで、総則6項により当該株式を1株当たり8万0373円とし、納付すべき相続税額を増額する課税処分をしました。
被相続人の子2人がこの処分の取消しを求めて提訴しました。
本判決は、後述する(3)のような判断を示した上、本課税処分は平等原則に違反しており(特段の事情が認められず)違法であるとして、同課税処分を取り消しました。
(2)最高裁令和4年判決の事案との違い
まず、本判決と最高裁令和4年判決の事案の違いについて指摘したいと思います。
最高裁令和4年判決の事案は、被相続人が相続開始前に金融機関から多額の金銭を借り入れ、同借入金でマンション(不動産)を購入したという、いわゆる「借入れ・購入」ケースでした。この「借入れ・購入」により、現金(借入金)と不動産など他の財産の評価通達による評価の差異を利用するという手法は、従前から散見されたある意味「典型的な」節税策と言えると思います。
これに対して、本判決の事案は、このような「借入れ・購入」ケースではありません。相続人らは、被相続人が生前保有していた取引相場のない株式を相続開始後に売却したに過ぎません。
また、最高裁令和4年判決では、被相続人らによる「借入れ・購入」は、「租税負担の軽減をも意図してこれを行ったもの」、すなわち、租税回避行為であったと認定されていますが、本判決では、本件株式の売却を含め租税回避行為はなかったと明言されています。
つまり、本判決は、「借入れ・購入」ケースではなく、租税回避行為も認められない事案について、最高裁令和4年判決の判断枠組みを適用して、平等原則違反の有無を判断したものになります。
(3)裁判所の判断
それでは、本判決の判断を見ていこうと思います。
前述したように、本判決は、最高裁令和4年判決の判断枠組みを採用しており、平等原則と評価通達の関係についても、上記3(2)の判示をそのまま引用しています。
本判決は、同引用部分に続けて、
本件通達評価額と本件算定報告額との間に大きなかい離があるということのみをもって直ちに上記事情(注:「特段の事情」)があるということはできない。 |
と判示しています。「本件」という言葉から明らかなように一般論として述べたものではありませんが、最高裁令和4年判決と同じく通達評価額と実勢価格とのかい離のみでは特段の事情が認められないと判断されたことは、裁判所の判断の傾向を示すものとして重要であると考えます。
本判決は、評価通達と平等原則との関係、「特段の事情」の判断方法等について非常に詳細に述べており、詳細は省略せざるを得ませんが、その中には、抽象的な規定である総則6項により予測困難な評価・課税をされることによる納税者の不利益などを指摘するなど、納税者側の立場からすると大いに共感できる部分が多々あります。
ここでは、以下の2つ判断を紹介したいと思います。
まず、以下の判示部分です。
相続税を軽減するために被相続人の生前に多額の借金をした上であらかじめ不動産などを購入して評価通達の定める方法における現金と不動産など他の財産に係る評価額の差異を利用する租税回避行為をしているような場合でない限り、当該相続対象財産を評価通達の定める方法による評価額を超える価格で評価して課税しなければ相続開始後に相続財産の売却をしなかった又はすることができなかった他の納税者と比較してその租税負担に看過し難い不均衡があるとまでいうことは困難である。 |
この部分は、「借入れ・購入」による租税回避行為が認められない場合は、「他の納税者と比較してその租税負担に看過し難い不均衡」、すなわち「特段の事情」があると認めることは「困難」であると述べており、このような場合に「特段の事情」が認められるのは、極めて例外的な場合に限られると述べていると思われ、重要な判示部分だと考えます。
さらに、本件の事案に即した以下の判断が注目されます。
本件のように、①相続財産となるべき株式売却に向けた交渉が相続開始前から進行しており、相続開始後に実際に相続開始前に合意されていた価格で売却することができ、かつ、当該価格が評価通達の定める方法による評価額を著しく超えていたという事実をもってしても、直ちに納税者側に不当ないし不公平な利得があるという評価をすることは相当ではなく、評価通達6を納税者の不利に適用するに当たっては、上記…で説示したような不均衡や不利益等を納税者に甘受させるに足りる程度の一定の納税者側の事情が必要と解すべきである。例えば、被相続人の生前に実質的に売却の合意が整っており、かつ、売却手続を完了することができたにもかかわらず、相続税の負担を回避する目的をもって、他に合理的な理由もなく、殊更売却手続を相続開始後まで遅らせたり、売却時期を被相続人の死後に設定しておいたりしたなどの場合であるとか、最高裁令和4年判決の事例のように、納税者側が、それがなかった場合と比較して相続税額が相当程度軽減される効果を持つ多額の借入れやそれによる不動産等の購入といった積極的な行為を相続開始前にしていたという程度の事情が特段の事情として必要なものと解される。(①は筆者が挿入) |
上記の①部分は、本判決の事案を類型化して表現した部分です。このような事案では、総則6項を納税者の不利に適用するためには、「(それによる)不均衡や不利益等を納税者に甘受させるに足りる程度の一定の納税者側の事情」が必要であると判示しています。
この「一定の納税者側の事情」がどのようなものであるかは、依然として明確ではありませんが、「例えば」以下の判示によれば、裁判所は、いわゆる租税回避行為、あるいはそれとほぼ同視できる程度の納税者の積極的な行為が必要であると考えている、つまり、総則6項の適用が認められる場合を極めて限定的に捉えているように思われます。
5 最後に
最高裁令和4年判決は、特段の事情がある場合には、課税庁による評価通達による評価を上回る価額による課税が平等原則に違反しないことを示しましたが、どのような場合が特段の事情に該当するのかについて、その考慮要素などを一般論としては明示しませんでした。
「特段の事情」は、究極的には諸般の事情の総合考慮により判断されるものと思われ、裁判所がその判断基準を詳細に判示することは困難なのだと思いますが、それでは納税者の予測可能性や課税の公平性が害される可能性があります。
本判決は、いまだ未確定の判決ではありますが、特段の事情の有無の判断基準として、納税者に一つの手がかりを与えるものであり、納税者に予測可能性を与える意味でも重要なものであると思われます。
今後も、本判決の上級審の判断に注目したいと思います。
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