税務訴訟 ストックオプション税務訴訟判決に思う その3

ストックオプション税務訴訟判決に思う その3

 本件のストックオプションに関する課税庁の見解は、二転三転している。

 昭和59年ごろは、一時所得の見解であった。平成11年夏ごろからは、給与所得で修正申告を慫慂し、あるいは、更正処分を行い始めた。

 さらに、税務訴訟になった後、終結に近くなった段階で、
今度は雑所得を言い始めた。このように、課税庁は、一時所得、給与所得、雑所得と、次々に見解を変えている。

 しかも、現状は、課税庁は同時に給与所得と雑所得を主張している。課税庁が納税額の異なる2つの所得を主張しているのであるから、納税者はどうしたらいいのか。支離滅裂としか言いようがない。

 企業でも、個人でも、経済生活をする場合には、自由に使えるキャッシュはいくらかがわかる必要がある。そのためには、国民の義務である納税義務を果たすために、納税すべき額の予測が必要である。

 すなわち、自由に使えるキャッシュフロー(フリーキャッシュフロー)を知るには、事前に納税すべき額を知る必要がある。このための制度的保証が租税法律主義である。

 租税法律主義が保証されないと、とんでもない事態に陥る。本件のストックオプション訴訟でも、とんでもない事態に陥った方がいる。

 従来、課税庁は一時所得見解だったので、一時所得分の納税をするため、その分の株式を売却した。あとの株式はストックオプションを行使して株券にしたが、株価が上昇基調だったので株式の売却はしなかった。

 ところが、納税した3年後に課税庁が給与所得見解に変わり、3年遡って給与所得で課税すると言うのである。

 この見解にしたがって、修正申告をするにも、更正処分を受けて不服申立・税務訴訟で戦うにも、従来に一時所得と給与所得との納税額の差額の支払いに迫られる。

 分かりやすく言えば、給与所得の税額は一時所得の税額の倍である。したがって、一時所得金額の大きい人ほど、課税庁の見解の変更で支払いを要求される金額が大きい。

 しかも、ストックオプションを付与されたのは、経営者でも実態はサラリーマンであるから、新たな納税をするには現預金があるものは少ない。

 むしろ、ストックオプションの行使で取得した株券を売却する方法で支払いをするのが通常である。しかし、課税庁の見解が変わり、新たな納税額を要求したのがアメリカでのITバブルの崩壊に重なる時期である。

 その結果、新たな納税額の納付をするために、ストックオプションで得た株券を売却する場合には、株価が大幅に下落したために、この株券を取得した価額よりも著しく低い時価で株券を売却する人が多い。

 つまり、課税庁見解の変更で新たな納税に迫られた納税者の中には、ストックオプションでの損切りを求められた者が少なくない。

 ストックオプションで現実に損失を出しながら、ストックオプションで利益を得たのだから税金を払えという課税庁の言い分は納得できるはずもない。

 この現実は、どのような理屈を並べても、納税者の納得を得られるわけがない。実際に、この課税のために、金融機関から融資を受けた者もいる。

 建築に着手し、資材の輸入をした矢先に、納税上、建築を中止した者もいる。納税できた者は、まだ良い。
 株価の下落が著しいため、株券を売却しても納税できないために、納税を諦めて、税務訴訟している者もいる。敗訴すれば、破産必死である。

 この現実の前に、課税庁はどう言い訳が立つのか。素直に見れば、納税者の予測可能性が奪われ、フリーキャッシュフローが侵害されたのである。

 課税庁は、自らの不明を納税者に謝罪をすべきであるのに、いまだに戦いを続けている。我々は、主権者であり、課税庁の奴隷になるつもりはない。課税庁が自分の見解を変えれば自由に納税者のフリーキャッシュフローを侵害する現状の実務を容認できない。

 本件訴訟の意義はそこにある。納税者が主権者であり、課税庁は国民の利益に奉仕する公僕であるという当たり前の課税実務にするための訴訟がストックオプション税務訴訟である。

 国民に広くこの現実を直視していただきたい。
(文責 鳥飼重和)-2003.10.1

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