経営者に必須の法務・財務 経営判断の適法性

 今回から数回にわたって、朝日新聞社株主代表訴訟事件の検討をしたバンガード1999年9月号・10月号・12月号を転載させていただく。それは、経営判断の適法性の検討には最もふさわしいと考えたからである。
 大阪地裁は、平成11年5月26日、朝日新聞社株主代表訴訟事件において、被告役員側を全面勝訴させる判決を言い渡した。前回(7月号)、興銀の役員に対する株主代表訴訟に関して、善管注意義務違反とくに経営判断のミスの類型では、裁判所が経営裁量権を広く認めるから勝訴の確率が高いと述べたが、朝日新聞社事件の一審判決も、それを裏付けるものとなった。
 ただ、朝日新聞社事件は、様々な示唆に富む点があるので、今回、特に紹介したい。まず、相続問題から入りたい。事件の概要は後述するが、株主から朝日新聞社に役員の提訴請求をしたのは、平成9年6月4日であり、その後提訴に至るのであるが、提訴された当時の代表取締役社長であった松下宗之氏は、提訴後の平成11年2月9日、逝去されている。そのため相続によって、故松下氏の妻と子供3人が被告の地位を継承している。一審といえども役員側勝訴であるから、相続人の方々は一応はほっとされていることと思われる。株主代表訴訟は、一般の人が考えている以上に相続がからんでくるものである。この点が、経営者も人間であり家族を想う心が熱いところから、意外に経営判断の萎縮を招きかねないことは十分に配慮されてしかるべきことを示唆する。
 これに対しては、経営判断のミスの類型では、経営者に広汎な裁量権を認めるのが判例の流れになっており、経営判断のミスが認められて取締役が善管注意義務違反とされるのは余程のことであるから、経営者はこの面では十分保護されているとして、相続問題がからむとしても、経営判断の萎縮は生じないとの反論も考えられる。
 しかし現在のところ、判例はまともな経営判断について、経営者に十分な理解を示す判断を示している。ところが経営の実相は、非合理的要素に満ちており、すべての裁判官が理解しうるとは限らないものを相当に含む場合が存在する。その際、経営者の裁量を広汎に認める立場に立てたとしても、当該経営判断の状況の中に含まれている非合理的要素に引きずられてしまうと、裁判官として経営判断につき軽過失を認定する場合は十分ありうる。その意味で、経営判断の萎縮の問題は慎重な取り扱いが必要なのである。
 朝日新聞社は、全国朝日放送株式会社(以下では「テレビ朝日」という)の実質上の筆頭株主であった。持株比率は34.15%であった。この他にも、テレビ朝日の株主には、東映とか旺文社の子会社2社等がいた。問題は、旺文社が子会社2社を通して実質支配していた全株式をソフトバンク等に売却したことにあった。この株式は、テレビ朝日における持ち株比率で20%を超えるものであった。しかも、この株式の売却については、朝日新聞社等の大株主に事前予告もなかったようである。その上、テレビ朝日は定款で譲渡制限を定めているために、取締役会の承認なしに株式譲渡ができないため、経営風土や経営手法の異なる者が、急に株主になるなど想像もできなかったところ、ソフトバンク等はテレビ朝日の株式自体の売買をせず、その株式を保有している旺文社の子会社を売買することで、テレビ朝日の株式の実質的所有を変更したのであった。テレビ朝日の譲渡制限規定の適用を回避したソフトバンク等の法務戦略は見事というしかない。異分子を入れない為に譲渡制限規定を設けているのであるから、M&A手法で、この規定を回避されると、異分子を排除する方法は極めて限定されてくる。
 朝日新聞社が、ソフトバンク等の実質的株式所得を敵対的買収と受け止めたのは、必然的な流れであった。そこで朝日新聞社は、異分子排除が難しいことから、ソフトバンク等との間で、経営や株式保有の在り方などについて株主間の協定を結ぼうとして交渉し始めた。しかし現状の持ち株比率の維持に関して、交渉は進展しなかった。またM&Aの手法で、ソフトバンク等以外の者が実質的支配に加わることを朝日新聞社は恐れたが、この点についての交渉もうまくゆかなかった。
 このように、異分子と協調して経営してゆこうという路線は成果を上げなかった。そこで朝日新聞社は、異分子と協調するよりは異分子を排除しようとして、異分子の実質所有の株式を買収することを考えるに至る。それはソフトバンク等がテレビ朝日の株式を譲渡する可能性が高いという情報を入手したからでもあった。そこで朝日新聞社は、専務会の協議に基づき、プロジェクトチームに対し、株式買収に関する問題点の検討を命じた。
 そこで、問題となったのは、主として、買収価格と電波法上の問題であった。買収価格は、ソフトバンク等が旺文社から実質取得した時の価格である417億5000万円を下回ることができない点に問題があった。というのは、テレビ朝日は非公開会社であり、その株式の評価方法は、簿価純資産法、収益還元法、類似会社批准法等様々にあるが、いずれの評価法によっても算定する評価額を大幅に上回る額でないとソフトバンク等の株式取得額に届かないためである。つまり、朝日新聞社のソフトバンク等からの株式取得が「時価」を大幅に上回るものと判断される懸念こそが問題だったのである。
 また、電波法の問題は、朝日新聞社がテレビ朝日の株式を50%を超えて保有することが電波法違反となり、その結果、テレビ朝日が免許の更新を受けられないのが問題であった。ソフトバンク等から実質上全株を買い取ると、朝日新聞社の持株比率は55%余となるため、電波法違反の問題はクリアしなければならなかった。この点については、監督官庁との話し合いにより、免許更新時までに、50%未満となればよいということになったので、結局、取得した株式の譲渡先をいかに確保するかの問題となった。このような検討を踏まえて、ソフトバンク等と交渉し、その結果、朝日新聞社は、ソフトバンク等からテレビ朝日の株式を417億5000万円で買い取ることになった。もちろんこの間、朝日新聞社では、この株式買取りについて、専務会、常務会、取締役会が開催されていた。
 株主代表訴訟において、原告株主はまさに、朝日新聞社がソフトバンク等からテレビ朝日の株式を417億5000万円で買い取ったこと、取締役会で承認した経営判断が電波法に違反し、または善管注意義務に反して、会社に損害を与えたものと主張した。
(文責 鳥飼重和)
株式会社バンガード社 バンガード
平成11年9月号「株主代表訴訟の潮流」より転載

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