持分会社の持分払戻請求権の評価額等が問題となった事例 ~名古屋地裁令和6年6月22日判決TAINS Z888-2720~

1 はじめに

持分会社(合名会社、合資会社又は合同会社)の社員は、死亡によって退社し(会社法607条1項3号)、退社した社員は、同会社の定款の定めにより当該社員の相続人その他の一般承継人がその持分を承継し社員となった場合を除き、その持分の払戻しを受けることができます(同法611条1項)。

かかる出資持分の相続税評価について、国税庁の質疑応答事例では、①持分の払戻しを受ける場合は、持分の払戻請求権として評価し、その価額は、評価すべき持分会社の課税時期における各資産を財産評価基本通達(評価通達)の定めにより評価した価額の合計額から課税時期における各負債の合計額を控除した金額に、持分を乗じて計算した金額となり、②持分を承継する場合は、取引相場のない株式の評価方法に準じて出資の価額を評価するとされています(※1)。

本件は、死亡した合資会社の無限責任社員(本件被相続人)の相続人である個人原告らが、相続開始日後に、本件被相続人の持分払戻請求権の持分払戻額を0円とし、その持分払戻請求権の払い戻しを行わないことなどを同意しており、このような事情の下で、個人原告らが相続により取得した本件被相続人の持分払戻請求権(本件払戻請求権)の評価額などが問題となりました。

2 事案の概要   

原告会社は合資会社であり、その定款には、社員が死亡した場合に当該社員の相続人その他の一般承継人が当該社員の持分を承継する旨の定めはありませんでした。

個人原告らは原告会社の社員であり、原告会社の無限責任社員であった本件被相続人の相続人でした。

本件相続開始日における原告会社の出資金総額は200万円であり、このうち、本件被相続人の原告会社に対する出資(本件出資)の額は155万円でした。

個人原告らは、本件相続開始後に、「死亡により退社した本件被相続人の持分払戻請求権の持分払戻額を0円とすることに同意する」と記載された同意書、また、「退社員(本件被相続人)の持分払戻請求権の払い戻しを行わない」と記載された同意書(併せて、「本件各同意(書)」といいます。)を作成し、原告会社は、本件相続開始日から、処分行政庁が原告らに対する各課税処分を行った日まで、本件払戻請求権に係る金銭等の支払を行いませんでした。

本訴訟は、原告らが、本件払戻請求権の評価額を8370万円とすることを前提とする相続税通知処分、本件払戻請求権の評価額のうち本件出資を超える部分の金額について、所得税法上、本件被相続人にみなし配当所得(本件みなし配当所得)が認められるとして、本件被相続人の所得税等の納付義務を承継した個人原告らに対する所得税等更正処分等、原告会社には本件みなし配当所得について源泉所得税等を徴収して納付すべき義務があるとする納税告知処分等の取消しを求めた事件です。

本訴訟では、①本件払戻請求権の評価額、②原告会社を死亡退社した本件被相続人にみなし配当所得が認められるか、③原告会社に、本件払戻請求権に係る源泉所得税等を徴収し、納付する義務があるかなどが争われました。

3 裁判所の判断

(1)本件払戻請求権の評価額

本件被相続人に係る相続税の課税価格に計上すべき本件払戻請求権の評価額について、本判決は、会社法607条1項3号、611条1項、同条2項などを引用した上、次のように判示しました。

本件払戻請求権は、被相続人が死亡時に有していた権利として、本件相続に係る相続財産となり、個人原告らの相続税の課税価格に計上すべき相続財産であるというべきである。そして、相続税法22条は、相続により取得した財産の価額は当該財産の取得の時における時価によって評価すべき旨を定めていることからすれば、本件相続税の課税価格に計上すべき本件払戻請求権の評価額は、本件被相続人が死亡し、本件相続が開始した本件相続開始日の時価によることになる。

さらに、会社法611条2項は、退社した社員と持分会社との間の計算は、退社時における持分会社の財産の状況に従ってしなければならない旨規定していることから、持分会社に対する出資の払戻請求権は、退社時における持分会社の純資産に着目して評価すべきであり、被告が主張するとおり、評価通達に従って、持分会社の出資に準ずるものとして純資産価額方式によって評価することが相当であると認められる。

そして、本判決は、個人原告らの本件各同意の本件払戻請求権の評価額に対する影響については、次のように判示し、本件払戻請求権の評価額は、被告の主張するとおり、8370万円であると結論付けました。

本件各同意書はいずれも本件相続開始日よりも後に作成されたものであるから、事後的な合意によって決められた金額をもって、本件相続開始日における本件払戻請求権の時価と評価することはできない。したがって、本件各同意は、本件相続税の課税価格として計上すべき本件払戻請求権の評価額に影響を与えないというべきである。

(2)本件被相続人にみなし配当所得が認められるか

本件被相続人が原告会社を死亡退社したことにより、本件被相続人に所得税法25条1項のみなし配当所得が認められるかについて、本判決は、まず、同項柱書きの「金銭その他の資産の交付を受けた場合」の意義について、次のように判示しました。

同項柱書きにいう「金銭その他の資産の交付を受けた場合」とは、金銭その他の資産が実際に交付された場合だけでなく、同様の経済的利益をもたらす事実が生じた場合も含むものと解される。

(中略)

また、所得税法25条1項5号の「退社若しくは脱退による持分の払戻し」との文言も、必ずしも現実に金銭等の交付を受けることを意味するものとは解されず、上記判断を左右するものとはいえない。したがって、本件被相続人の死亡による本件払戻請求権の取得は、所得税法25条1項柱書きにいう「金銭その他の資産の交付を受けた場合」に該当するものと認められる。

加えて、本判決は、所得税法36条1項の規定する権利確定主義も根拠にして、「本件払戻請求権が行使されておらず実現されていなくとも、権利確定主義に照らし、同時点において本件みなし配当所得の実現があったものとして、本件被相続人に本件みなし配当所得が生じるというべきである。」と結論付けました。

(3)原告会社に、本件みなし配当所得に係る源泉所得税等の徴収納付義務があるか。

本判決は、本件被相続人は死亡に伴う退社によって本件払戻請求権を確定的に取得したのであるから、原告会社においても、本件相続開始日において、本件被相続人に対して持分の払戻しとして本件みなし配当所得の額に相当する金銭等を支払うことが確定したということができるとして、原告会社は、本件源泉所得税等を徴収し、これを国に納付する義務を負ったものと認められる、と判示しました。

4 検討

評価通達は、持分会社の出資の価額は、取引相場のない株式に関する評価方法を準用して評価すると規定していますが(194)、持分会社の退社時の出資の評価については規定しておらず、国税庁の質疑応答事例が、1で前述したとおり、持分の払戻しを受ける場合と持分を承継する場合それぞれの評価方法を明らかにしています。

本判決は、このうち死亡により退社した社員が「持分の払戻しを受ける場合」における持分払戻請求権の評価額について、持分会社に対する出資に準ずるものとして純資産価額方式によって評価することが相当であるとして、質疑応答事例の見解を是認しました。本判決は、この問題に関するおそらく初めての司法判断であると思われます。

また、本判決は、かかる持分払戻請求権の評価額が、本件各合意のような相続開始後の事情によっては影響を受けないことを明らかにしました。この点は、相続税法22条からは当然の結論であるとは思われますが、同様の事情が存する場合の相続税申告の際に注意すべき点として参考になると考えます。

さらに、本判決は、みなし配当を規定する所得税法25条1項柱書きの「金銭その他の資産の交付を受けた場合」には、金銭等が実際に交付された場合だけでなく、同様の経済的利益をもたらす事実が生じた場合も含み、持分払戻請求権が実際に行使されていない場合でも、みなし配当所得が生じる(その結果として、当該法人は同みなし配当に係る源泉徴収義務を負う)ことを明言しました。

このような判断は、納税者の素朴な感覚からは違和感があるものかもしれませんが、本判決は、権利確定主義(所得税法36条1項)も理由として、かかる解釈を導き出しました。かかる解釈も、おそらく本判決が初めて示したものであり、重要な判断であると考えます。

※1 持分会社の退社時の出資の評価|国税庁

投稿者等

橋本 浩史

業務分野

税務紛争

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