経済的な不利益を伴わない配置変更が均等法9条3項等の「不利益な取扱い」に該当するか? ~アメリカン・エキスプレス・インターナショナル事件(東京高裁令和5年4月27日判決~

1 はじめに

均等法(※1)9条3項及び育介法(※2)10条は、それぞれ、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業等を理由として、労働者につき、育児休業申出等、育児休業等を理由として、解雇その他「不利益な取扱い」をすることを禁止しています。

最近、給与等の処遇の基本となるジョブバンド(職務等級)の低下を伴わない職務配置の変更が「不利益な取扱い」に該当するか否かについて、一審判決と控訴審判決の判断が分かれた裁判例が公表されましたので、以下、その事案と裁判所の判断を紹介します。

2 事案の概要

Xは、平成20年8月、クレジットカードを発行する外国会社であるY社に、契約社員として雇用され、その後の昇進等を経て、平成26年1月、セールスチームのチームリーダーになり、37人の部下を持つことになりました。Y社では、ジョブバンドと呼ばれる職務等級が設けられており、Xのジョブバンドは、チームリーダー就任と同時に、「バンド35」(部長(営業管理職)チームリーダー)になりました。

Xは、平成26年12月頃第2子を妊娠、平成27年7月出産し、同月から平成28年7月まで育児休業等を取得しました。

Xは、平成28年8月1日、育児休業等から復帰し、同日、Y社において新設されたアカウントセールス部門のアカウントマネージャー(バンド35)に配置されました(以下「本件配置変更」といいます。)。この役職では、Xに部下はおらず、与えられた電話リストを使った電話営業がXの主な業務でした。

本裁判例では、本件配置変更が均等法9条3項等の「不利益な取扱い」に該当するか否かなどが争点になりました。

3 裁判所の判断

一審判決(※3)は、本件配置変更は、給与等の処遇の基本となる「ジョブバンドの低下を伴わない措置であり、いわば役職の変更にすぎ」ないことなどを理由に、「不利益な取扱い」には該当しないと判断しました。

これに対して、控訴審判決(※4)は、均等法9条3項等は強行規定であり、同項等の「不利益な取扱い」をすることは違法であり、無効であるとしたうえで、「一般に、基本給や手当等の面において直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても、業務の内容面において質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものについては、労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たるというべき」と一般論を述べた上、本件配置変更は「不利益な取扱い」に該当すると判断しました。

4 解説

手当や報酬等の減額を伴う降格等が均等法9条3項や育介法10条に違反すると判断された裁判例は従前もありましたが(※5)、給与等の処遇の基本となるジョブバンド(職務等級)の低下を伴わない場合でも、配置変更等が「不利益な取扱い」に該当し得ると判断した点に、本判決(控訴審判決)の特徴があると思います。

本判決が「不利益な取扱い」に該当しうるとした「業務の内容面において質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないもの」は明確であるとはいえず、これに該当するか否かの判断は相当に困難であると思われます。

この点、厚生労働省の指針(※6)は、配置変更が「不利益な取扱い」に該当するか否かについて、「配置の変更前後の賃金その他の労働条件、通勤事情、当人の将来に及ぼす影響等諸般の事情について総合的に比較考量の上、判断すべきものである」とした上で、「不利益な取扱い」の例として、「通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより、当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせること」を挙げ、また、「育児休業及び介護休業後においては、原則として原職又は原職相当職に復帰させるよう配慮すること。」などと述べています。

本判決や上記の指針などを踏まえると、育児休業等から復帰する従業員の職務配置等の決定に当たっては、当該従業員の「将来のキャリア形成」なども含んだ諸事情を総合的に考慮した慎重な判断が必要であり、そのためには、当該従業員との十分なコミュニケーションを図ることが必要であると思われます。

引用等

※1 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律

※2 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律

※3 東京地裁令和元年11月13日判決・労働判例1224号72頁

※4 東京高裁令和5年4月27日判決・労働経済判例速報2522号3頁

※5 広島中央保険生協(C生協病院)事件(最高裁平成26年10月23日判決・労働判例1100号5頁)、コナミデジタルエンタテインメント事件(東京高裁平成23年12月27日判決・労働判例1042号15頁)

※6 「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針」(平成21年12月28日号外厚生労働省告示第509号)

関連するコラム

橋本 浩史のコラム

一覧へ