ベア等の賃金引上げと同一労働同一賃金
1 はじめに
最近、ベースアップや初任給増額など、企業の賃金引上げに関するニュースを耳にすることが増えています。賃金引上げの目的は、待遇面の魅力を高めて人材を確保するため、物価高へ対応するためなど、企業によって異なるでしょう。
企業が賃金を引き上げる際に留意すべき法的観点として、「同一労働同一賃金」原則があります。本コラムでは、賃金引上げと「同一労働同一賃金」原則について少し検討したいと思います。
2 同一労働同一賃金
ここで言う「同一労働同一賃金」原則とは、正規労働者(いわゆる正社員)と非正規労働者(パートタイム社員、有期契約社員、派遣社員など)との間の待遇格差問題を解消するため、非正規労働者に対する差別的な取扱いや不合理な待遇を禁止するという考え方です。
同一労働同一賃金の考え方は、2018年の働き方改革関連法によって改正された、パートタイム・有期雇用労働法※1(改正前のパートタイム労働法)に規定されています。
具体的には、第9条の均等待遇規定が、非正規労働者について、職務内容と雇用の全期間にわたる職務内容・配置の変更範囲が正規労働者と同一であれば、差別的に取り扱わず均等な処遇にしなければならない旨を定めています。また、第8条の均衡待遇規定は、非正規労働者について、職務内容と雇用の全期間にわたる職務内容・配置の変更範囲が正規労働者と同一でない場合、各待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して、正規労働者と比較し不合理とはいえない程度に釣り合いのとれた処遇とするよう定めています。
均等待遇や均衡待遇が求められる待遇は、基本給や賞与に限られず、諸手当、教育訓練、福利厚生など全ての待遇です。(ただし、パートタイム社員については所定労働時間、有期契約社員については期間の定めの有無を除きます。)
3 賃金引上げと同一労働同一賃金
正規労働者と非正規労働者の職務内容と雇用の全期間にわたる職務内容・配置の変更範囲が同一である均等待遇が問題となるケースは、それほど多くないと思われ、実務上問題となりやすいのは、それらが同一でない均衡待遇規定(パートタイム・有期雇用労働法8条)が適用されるケースです。そして、均衡待遇が問題となるケースにおいて、正規労働者と非正規労働者との待遇差が不合理かどうかを判断する際には、一つ一つの待遇ごとにその待遇の性質や目的に照らして、不合理性を検討することになります。
不合理性判断の一例を挙げますと、過去裁判となったある事案では、運送会社が「皆勤手当」を正社員ドライバーへ支給し、契約社員ドライバー(フルタイム・有期契約)には支給していなかったため、その待遇差が問題となりました。裁判所は、「皆勤手当」の趣旨を運送業務の円滑な遂行のため皆勤を奨励するもので、出勤者を確保する必要性から支給していたものと認定し、出勤者を確保する必要性は正社員と契約社員とで異ならないこと等から、「皆勤手当」に関する待遇差は不合理であると判断しました※2。
なお、不合理性の判断については、厚生労働省の同一賃金同一労働ガイドライン※3が、個々の待遇ごとに基本的な考え方や判断例を示していますので、ご参照ください。
以上のように、企業がベア等の賃金引上げを検討する際には、その待遇(改善)をどのような目的で行うのかを整理したうえで、対象範囲を正規労働者のみとするのか非正規労働者まで含めるのか等、その具体的な内容を決定することになります。仮に、賃金引上げが物価上昇への対応や功労報償といった目的である場合には、各企業の雇用実態にもよりますが、正規労働者だけでなく非正規労働者へも実施することが適切でしょう。他方、特定地域や業種において正規労働者の採用が困難である等の事情から、正規労働者を確保するために賃金引上げを行うようなケースでは、正規労働者だけを対象とする扱いが法的に許容される可能性はあると考えます。
不合理性を判断する際に重要なポイントとなる、待遇(賃金引上げ)の性質・目的については、企業の主観的な意図・認識ではなく、待遇の実態を踏まえて判断されるべきと考えられていますので※4、企業におかれては、賃上げに至る客観的経緯等も考慮して整理することが必要と思われます。
4 (ご参考)厚生労働省「非正規雇用労働者の賃金引上げに向けた同一労働同一賃金の取組強化期間」
厚生労働省は、昨年12月、同一労働同一賃金の遵守を徹底するため、労働局と労働基準監督署の連携を強化すること、監督官を増員することを明らかにしており、非正規労働者の待遇改善を強化する方針を示していました。さらに、同省は、本年3月15日から5月31日までを、「非正規雇用労働者の賃金引上げに向けた同一労働同一賃金の取組強化期間」※5と設定し、経済団体等への協力文書発出や賃金引上げに向けた支援施策等を通じて、賃金引上げの流れを非正規労働者を含め広く波及させる取組を行うとしています。
以上
引用:
※1 正式名称は「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」。同法のほかに、労働者派遣法(正式名称は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」)にも同様の定めがあります。
※2 ハマキョウレックス事件判決・最二小判平成30年6月1日民集72巻2号88頁。なお、本判決は労働契約法20条(当時)に関する判断ですが、パートタイム・有期雇用労働法8条の下でも同様に解されると思われます。
※3 正式名称は「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」
※4 水町勇一郎「詳解労働法 第2版」(東京大学出版会、2021年)368頁
※5 厚生労働省ホームページ 「『非正規雇用労働者の賃金引上げに向けた同一労働同一賃金の取組強化期間』(3/15~5/31)を設定します」
関連するコラム
-
2024.12.12
奈良 正哉
ドイツ環境原理主義の罪
ドイツ経済の苦境が伝えられている。一つの原因は環境原理主義によるエネルギー価格の高騰だ。 12月…
-
2024.12.11
橋本 浩史
夜勤時間帯(不活動時間)における割増賃金の算定基礎 ~東京高裁令和6年7月4日判決~
1 はじめに 労基法37条は、時間外等労働の割増賃金の算定基礎を「通常の労働時間又は労働日の賃金」(…
-
2024.12.11
奈良 正哉
中国テーマパーク閑古鳥
中国のテーマパークの苦境が伝えられている(12月7日日経)。 どこかで見た風景である。千と千尋の…
-
2024.12.10
奈良 正哉
安楽死法案
英国下院で安楽死法案が通った(11月30日日経)。本人が寿命を人為的に短くすることを認める。 日…