改正犯収法特集 #03 「改正の概要は?」

1 犯罪収益移転防止法の概要 

 犯罪収益移転防止法(「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(平成19年法律第22号)。以下「犯罪収益移転防止法」又は「犯収法」といいます。)は、本人確認(本人特定事項等の確認)や、疑わしい取引の届出等を一定の業者に義務付けることなどにより、犯罪組織による資金浄化行為(いわゆる「マネー・ローンダリング」。)を防止するための法律です(法1条)。
 すなわち、組織的な殺人、詐欺・横領、薬物犯罪等の犯罪により得られた収益は、犯罪組織の資金源となって、さらなる犯罪行為を助長し、あるいは暴力団のフロント企業の資金源になるなど、社会に対し、重大な害悪を及ぼしています。
 このような犯罪による収益は、本来は、犯罪が検挙されたときに没収、追徴などの手続ではく奪されることになっています。しかし、たとえば、当該収益が犯罪組織と関係のない一般人名義の預金口座に預けられ、あるいは不動産や貴金属の購入、売却などのプロセスを経て出所が特定できないよう浄化されると、はく奪を免れてしまう危険があります。また、そもそもすべての犯罪が検挙されるとも限りません。
 そして近年、このような資金浄化行為に対処することが、我が国のみならず各国共通の重要課題とされています。犯罪収益移転防止法は、主として、以上のような資金浄化の問題に対処するために、銀行などの金融機関、不動産や貴金属などを扱う業者、さらには司法書士や公認会計士のように、その役務や専門知識などが資金浄化に利用されるおそれのある事業者を「特定事業者」と定義し、特定事業者に、取引時における顧客の本人確認や、疑わしい取引を行政庁に届出ることなどを義務付け(但し、届出義務については司法書士等の士業者には適用されません。)、また顧客に対しては、本人確認に対する虚偽の申告を処罰対象とすることなどにより、犯罪組織による資金浄化行為を防止する仕組みを定めた法律です。

2 改正のポイント

 この度、犯罪収益移転防止法を改正する法律が成立し(「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律」(平成23年法律第31号))、改正法の大部分は平成25年4月1日より施行されています。
 今回改正された点については、後の他のエントリーで解説しますが、今回は、重要なポイントに限って概説します

(1) 取引時の確認事項の追加(司法書士等の士業者を除く。)

 特定事業者が顧客等と取引を行うに際しては、本人特定事項(自然人の場合は、氏名、住居、生年月日をいい、法人の場合は名称、本店又は主たる事務所の所在地。)の確認が義務付けられています。
 今回の改正により、確認事項に、本人特定事項に加え、次のものが追加されました(法4条1項)。

① 取引を行う目的・ 職業(自然人の場合。)又は事業の内容(法人・人格のない社団又は財団の場合。)
② 実質的支配者(法人の場合。)
③ 資産及び収入の状況(ハイリスク取引の一部について。)

 これらの確認事項は、事業者が疑わしい取引の届出を行うべき場合に該当するか否かの判断をより的確に行うために追加されたものです。すなわち、特定事業者のうち、司法書士等の士業者を除く者は、特定業務において収受した財産が犯罪による収益である疑いがあるなどの場合、行政庁に対する届出が義務付けられています(法8条)。しかし、改正前の法律では、本人特定事項以外の事項については確認義務が法定されていないため、特定事業者は、顧客から任意に聴取した事項などによって、その疑いの有無を判断をせざるを得ない状況にありました。
 そこで改正法は、法定の確認事項を拡充することで、届出義務の有無に関する判断をより的確に行うことができるようにしたのです。
 なお、当該改正は、届出義務の有無の判断に資することを目的とするものであるため、特定事業者のうち、もともと届出義務が課されていない、司法書士等の士業は、例外とされ、従来どおり本人特定事項のみを確認することになります。
 以上のとおり、改正法施行後は、特定事業者(士業を除く)は、顧客等が行う取引の態様が、その取引を行う目的や職業・事業内容等の属性情報等に照らし合わせて不自然でないかどうかを吟味することにより、当該取引が疑わしい取引の届出を行うべき場合に該当するかどうかを判断することになります。

(2) ハイリスク取引の類型の追加

 改正法では、マネー・ローンダリングに利用されるおそれが特に高い取引(ハイリスク取引)が定められ、これについては、より厳格な方法による確認が求められるようになりました(法4条2項)。
 ハイリスク取引とは、次のいずれかに該当する取引をいいます。

①なりすましの疑いがある取引又は本人特定事項を偽っていた疑いがある顧客との取引
②特定国等(イラン及び北朝鮮)に居住・所在している顧客との取引

 「なりすまし」とは、例えば、Aが契約した預貯金契約(取引時確認はAについてなされている。)につき、その後、Bが、AであるかのようにAの預金通帳を持って預金取引に現れるような場合です。また、「本人特定事項を偽っていた」とは、そもそも預貯金契約をBが締結しているが、その契約の際にCという偽名を用いていた疑いがあるような場合です。
 ハイリスク取引を行うに際しては、通常の取引と同様の確認事項に加え、その取引が200万円を超える財産の移転を伴うものである場合には「資産及び収入の状況」の確認を行うこととなります(司法書士等の士業は除く。)。また、マネー・ローンダリングに利用されるおそれの高い取引であることを踏まえ、「本人特定事項」及び「実質的支配者」については、通常の取引を行う場合よりも厳格な方法(以前に本人確認した際に提示を受けた書類と異なる書類による本人確認など)により確認を行うこととされています。

(3) 取引時確認等を的確に行うための措置の追加

 事業者は、取引時確認をした事項に係る情報を最新の内容に保つための措置を講ずるものとするほか、使用人に対する教育等の必要な体制の整備に努めなければならないこととされました(法10条)。
 「情報を最新の内容に保つ措置」として、具体的には、確認した本人特定事項に変更があったとき、顧客が事業者にこれを届け出る旨を約款に盛り込む等の措置などが考えられます。
 「使用人に対する教育等の必要な体制の整備」としては、顧客と接する職員等に対する教育の実施や、疑わしい取引の届出を行うべき場合か否かを一元的に集約・判断する部署の設置などが含まれます。
 この措置は努力義務として定められています。

(4) 特定事業者の追加

 電話転送サービス事業者について、新たに特定事業者に追加することとされました(法2条2項41号)。
 電話転送サービス事業者とは、事業者が保有する電話番号を貸し出し、その電話番号にかかる電話を、顧客が指定する電話番号に自動的に転送するサービスです。
 このサービスを使うと、第三者に対し、たとえば03で始まる実在する会社からの電話と誤信させることが可能になることなどから、振り込め詐欺などで利用されることが多いようです。また、現行法では当該事象者に対して本人確認の義務がなく、本人確認が十分行われていない場合が多くあります。そこで、警察が捜査する際にも、犯行に使われた電話番号から電話転送サービス事業者までは特定できても、その背後にあるサービス利用者(犯人)が特定できないという問題があります。そこで、新たに当該事業者が特定事業者に加えられました。

(5) 罰則の強化

 本人特定事項の虚偽申告、預貯金通帳の不正譲渡等に係る罰則が強化されることとされました(法26条~28条)。

(参照)

犯罪収益移転防止制度研究会編『逐条解説犯罪収益移転防止法』(平成21年、東京法令)9頁以下。

JAFIC「犯罪収益移転防止法の概要(平成24年11月)」39頁。

第177回国会衆議院内閣委員会第5号(平成23年4月13日)小谷政府参考人答弁。

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