【最新税務裁判例】 バカラによる収入の有無、権利確定時期などが問題となった事例 ~東京地裁令和7年2月27日判決TAINS Z888-2739~
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【最新税務裁判例】
バカラによる収入の有無、権利確定時期などが問題となった事例
~東京地裁令和7年2月27日判決TAINS Z888-2739~
鳥飼総合法律事務所
パートナー弁護士 橋本浩史
1 はじめに
いわゆる権利確定主義を規定した所得税法36条1項は収入すべき金額のうちに金銭以外にも「物又は権利その他経済的な利益」によるものも含むことを定めています。
本件は、カジノ行為の一種であるバカラにより得た利益が経済的利益による収入に該当するか否かなどが問題となりました。
本判決は、同項の「経済的利益」が収入と認定されるための判断基準などを示しており、注目すべき判断を示したものと思われます。
2 事案の概要
原告は、平成27年から平成30年にかけて、海外のカジノ施設においてカジノ行為の一種であるバカラ(※1)を複数回行いましたが、バカラにより得た所得はないものとして同各年の確定申告を行ったところ、所轄税務署長から、予想が的中したゲームごとに、配当として得たチップの額面相当額(収入)から同ゲームに賭けたチップの額面相当額(支出)を控除して一時所得の金額を算定すべきであるとして、同各年分の所得税等の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けました。
本件は、原告がこの更正処分等の取消しを求めた事案です。
原告による本件バカラの態様は、概要、以下のようなものでした。
原告は、本件バカラにおいて、取得したチップを賭け、その予想が的中した場合には、配当としてライブチップを受領していました。ライブチップは、その額面相当額について本件各カジノ施設において換金できるほか、他のチップに交換するなどして新たなゲームに利用することができ、また、カジノ会社に対する債務の返済に充当することもできました。
本訴訟では、ライブチップの経済的価値の収入該当性、収入の権利確定時期などが争われたのですが、これらの点について、原告は、①ライブチップは、特定の場所・条件においてのみしか利用可能性がなく、不特定多数の当事者間における自由な取引は観念できないから、その客観的交換価値は0円であり、②本件カジノ施設の規定上、厳格な確認等手続を経ない限り、配当として受け取ったライブチップを換金又は充当することができず、各ゲームの予想が的中した時点で、その配当として受け取るライブチップの額面相当額はいわば係数上のものにすぎないことなどを理由に、ライブチップそれ自体に経済的価値を認めることはできないなどと主張しました。
また、本件では、本件バカラ所得に係る必要経費の範囲についても争われ、原告は、総収入金額から控除することができるのは、予想が的中したチップに限られず、予想が外れたゲームに賭けたチップの額面相当額も含めた原告が賭けた全てのチップの額面相当額であると主張しました。
3 裁判所の判断
裁判所は、以下のように判断して、原告の請求を棄却しました。
(1)本件バカラ所得に係る「収入すべき金額」、権利確定時期
裁判所は、まず、所得税法36条は、「現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、同権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。」などと述べた上、同条1項の「経済的な利益」の収入該当性につき、次のように判示しました(下線は筆者による。)。
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所得税法36条1項が、金銭とは別に、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益それ自体をもって収入の対象としていることは明らかであるから、かかる経済的価値がその価額を確定し得る状況の下で個人に流入したといえるだけの具体的事情がある場合には、当該個人に現実の収入があるものというべきであり、その時点において、何らかの制約により当該経済的価値を直ちに金銭に換価し得なかったとしても、そのことのみにより収入のあることが否定されることにはならないと解するのが相当である。 上記の制約には、その生じる根拠、目的、内容、収入実現に係る他の事情との関係等において様々なものがあり得るところであり、それらのいかんによって、収入実現過程における当該制約の意味合いやそれが収入の対象たる利益の内容に与える影響等も異なり得るのであるから、収入の有無を判断するに当たっては、それらの諸事情を考慮した上で、当該制約により上記経済的価値の流入を否定すべき特段の事情があるといえるかどうかが検討されるべきである。 |
その上で、裁判所は、原告が配当として受領したライブチップは、その額面相当額について、換金、ゲーム利用又は債務に充当することができ、ライブチップを得ることは、ライブチップの経済的価値がその価額を確定し得る状況の下で個人に流入したものといえるから、その経済的利益について原告に現実の収入があるものといえると述べました。
そして、原告の主張する、手続を経ない限りライブチップを換金又は充当することができないという制約は、経済的価値の流入を否定する「特段の事情」とはいえないと述べました。
また、裁判所は、収入の権利確定時期について、「原告は、原告の予想が的中した時点で、ライブチップに係る経済的利益を得るための権利行使が可能になったといえるから、その時点をもって、収入の原因となる権利が確定したものと解される。」と判示しました。
(2)必要経費の範囲
裁判所は、本件バカラ所得に係る一時所得の金額の計算に当たっては、「ゲームごとに個別的に行い、予想が的中したゲームに賭けたチップの額面相当額のみを総収入金額から控除すべきである。」と判示しました。
4 検討
所得税法36条1項が収入金額に含まれ得るとする「経済的(な)利益」については、通達が詳細な定めを置いていますが(所得税基本通達36-15~36-50)、その内容は極めて包括的であり、ある利益がかかる「経済的利益」に該当するか否か、収入金額に算入される時期などの認定に困難を伴う場合が多々あると思われます。
本判決は、ある「経済的利益」が所得税法36条1項の「収入すべき金額」と認められるための要件(条件)として、「かかる経済的価値がその価額を確定し得る状況の下で個人に流入したといえるだけの具体的事情がある場合」という基準を示したものとして、先例的な意義を持つと考えます。かかる判断は、同項の「収入」を「経済価値の外部からの流入」と解する通説的な見解とも整合的だと思います。
また、本判決は、本件のライブチップのように、金銭に換価するために何らかの「制約」があったことのみによっては、収入を認定できないわけではなく、諸事情を考慮した上で、当該制約により経済的価値の流入を否定すべき「特段の事情」があるかどうかが検討されるべきであるとの判断も示し、収入の認定が否定されるのは例外的であることを示したと思われます。
本判決は、従前、裁判例等の乏しかった「経済的利益」と「収入すべき金額」との関係性などについて、一般的な基準などを示した注目すべきものであると考えます。
※1 バカラとは、ディーラーが、バンカーとプレイヤーにトランプカードを2~3枚ずつ配布し、トランプカードの下一桁の合計が9に近い方が勝利となるゲームの勝敗を、顧客が予想するゲームである。ゲームは連続して行われ、一つのゲームの勝敗が決した後、新たなゲームが開始される。顧客はチップを賭けてゲーム参加し(ゲームごとに参加は任意であり、途中のゲームをスキップすることも可能である。)、予想が的中した場合には、的中した内容に応じて一定額のチップを受け取ることができ、外れた場合には、賭けたチップが没収される(判決文による。)。
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