前事業年度に賞与引当金が計上されていた役員給与の「事前確定届出給与」該当性について
詳細情報
当期の株主総会等で支給を決議した役員賞与について前期末に役員賞与引当金を計上していたような場合には、その役員賞与は、前期以前の職務執行に対して支給するものであるから「事前確定届出給与」として損金の額に算入することはできないという理解が一般的であったと思われますが、最近、国税不服審判所において、前期末に役員賞与引当金を計上した役員賞与について「事前確定届出給与」として損金の額に算入することを認める裁決が脱されました。この裁決は、あくまで当該事案の下での事例判断を示したものに過ぎないと理解されますので、本裁決によって、一般的に、前期末に賞与引当金を計上していた場合でも「事前確定届出給与」であると認められることになったという理解をすべきではありませんが、税務調査等で問題とされた場合において事後的に対応をする場合には、本裁決を根拠として争うことができる場合も少なくないものと考えられます。 |
1 役員賞与を「事前確定届出給与」として損金の額に算入するためには、原則として、その役員の職務について確定した額の金銭等を支給する旨の定めをした株主総会等の決議の日とその職務の執行の開始の日のいずれか早い日から1ヶ月を経過する日までに納税地の税務署長に届出をしていることが必要とされています(法人税法施行令69条4項1号)。
したがって、例えば、2024年5月に開催した株主総会で確定額の役員賞与を支給する旨の決議をして、当該決議の日から1ヶ月を経過する日までに納税地の税務署長に届出をしたとしても、その金銭等が2023年3月期の職務執行に対して支給されるものであったとすれば、職務の執行の開始の日から1ヶ月を経過する日までに届出をしていないことになりますので、その役員賞与を「事前確定届出給与」として損金の額に算入することはできないことになります。
そして、当期の株主総会等で支給を決議した役員賞与について前期末に役員賞与引当金を計上していたような場合には、その役員賞与は、前期以前の職務執行に対して支給するものであるから「事前確定届出給与」として損金の額に算入することはできないという理解が一般的であったと思われます。
ところが、最近、国税不服審判所において、前期末に役員賞与引当金を計上していたにもかかわらず、「事前確定届出給与」として損金の額に算入できると判断した裁決例が出されました。
2 その裁決(以下「本裁決」といいます。)の事案の概要は以下のとおりです。
① 請求人は、X国に本店を置くA社の子会社であり、A社は、X国に本店を置くB社の子会社である。
② B社は、請求人を含むB社のグループ企業に属する一定の役職にある取締役及び従業員を対象とした賞与の支給方針(B社グループ賞与支給方針)を設けていた。
③ 請求人は、B社グループ賞与支給方針の対象者に対し、B社から請求人に連絡される金額の金員を賞与として支給していた。具体的には、請求人の定時株主総会に先立ち、A社又はB社が、B社グループ賞与支給方針に定められた算定方法に従い各対象者に対する具体的な支給額を算定し、これを請求人に通知し、請求人は、定時株主総会と同日開催の取締役会において、通知された支給額の合計額を提示し、その内訳はA社又はB社からの通知のとおりとする旨の議案を提出し、これを承認する方法により、各取締役に対する具体的な額について決議することとしていた。
④ 請求人は、B社グループ賞与支給方針に基づき支給する賞与の一部(評価対象期間を1事業年度とするものと2事業年度とするもののうち、おそらく評価対象期間を1事業年度とするもの)について、評価対象期間である事業年度において、翌事業年度の支給額を見積もり、賞与引当金を計上した上で、翌事業年度に支給する際に、当該賞与引当金を取り崩す会計処理をしていた。
⑤ 請求人は、上記③の方法により、平成30年6月27日開催の取締役会及び令和元年6月20日開催の取締役会において、いずれも、各取締役会と同日に開催された定時株主総会で取締役として選任(再任)された取締役に対する賞与の支給額及び支給時期について決議した。
⑥ 請求人は、上記④の各決議により定められた内容について、職務の執行の開始の日を定時株主総会の開催の日として、上記④の各決議の日から1月以内に「事前確定届出給与に関する届出書」を所轄税務署長に提出した。
⑦ 請求人は、上記⑥の「事前確定届出給与に関する届出書」に記載されたとおり各取締役に賞与(本件各役員給与)を支給した。
3 そして、本裁決は、本件各役員給与に関する届出を「その職務の執行の開始の日」から1ヶ月を経過するまでに提出したか否かについて、以下のように判断をしました。
A 法人税法施行令第69条第4項第1号は、上記1の(2)のイの(a)のとおり、事前確定届出給与の届出期限に関し、役員給与についての株主総会等の決議の日が職務の執行の開始の日後である場合は当該開始の日から1月を経過する日と規定しているから、役員給与に係る職務執行期間がいつであるかによって届出期限が異なることとなる。そして、本件においては、上記3の(1)のとおり、本件各役員給与が当職務執行期間における職務執行の対価であるか否かが争われているところ、請求人においては、役員給与の各人への支給額等の決定権限は、上記1の(3)のロの(11)のとおり、株主総会から取締役会に適法に委任されており、各取締役が選任(再任)された定時株主総会と同日に開催された取締役会において、本件各役員給与の支給内容が決定されたことについて、当事者間に争いはなく、当審判所の調査及び審理の結果によっても、その事実が認められる。そうすると、本件各役員給与が当職務執行期間における職務執行の対価であるか否かは、取締役会が本件各役員給与を当職務執行期間における職務執行の対価として決定したか否かによって判断すべきである。
B これを本件についてみると、まず、取締役の報酬等の額については、上記イのとおり、毎事業年度の終了後一定の時期に招集される定時株主総会の決議(本件においては株主総会から委任を受けた取締役会の決議)により、次の定時株主総会までの間の取締役の報酬等の支給時期及び支給額が定められるのが一般的であるところ、請求人の定時株主総会と同日開催の取締役会の議事録には、上記ロの(ロ)のとおり、本件各役員給与をいつの職務執行に対する役員給与として決定したかを明確に示す記載はないものの、本件各役員給与が過去の職務執行の対価であることをうかがわせる記載もなく、むしろ、請求人が、本件各役員給与を、同日開催された定時株主総会で選任(再任)された各取締役を対象に、当職務執行期間における識務執行の対価と認められる毎月の定額報酬の額と合計した上で承認していたことからすれば、本件各役員給与は毎月の定額報酬と同様、当職務執行期間の職務執行の対価として決哉されたと考えるのが自然である。
C また、■■■■■■■■■■■は、上記1の(3)のロの(ハ)のとおり、■■■■■■■■■■■■■するものではあるが、同(ニ)及び(ホ)並びに上記ロの(ロ)のとおり、請求人において、本件各役員給与を算定する方針として株主総会等において決定されたものではないのみならず、同(イ)のとおり、社内規程に定められたり社内に周知されたりもしておらず、上記1の(3)のロの(ハ)のEのとおりB社がいつでも対象者への通知なく修正や廃止をすることができることとされており、実際にも、上記ロの(ニ)のAのとおり、令和2年3月期を■■■■■とする■■■■■■■■■■は、同年6月に全額を支給することが取締役会で決定されており、必ずしも上記1の(3)のロの(ハ)の支給方針どおりに運用されていたわけではないことがうかがわれる。このような請求人の■■■■■■■■■■の運用実態からみても、各取締役の過去の職務執行開始時点において、■■■■■■■■■■の内容のとおりに報酬等を支給することが確定していたとはいえず、■■■■■■■■■■は、請求人が当該職務執行期間における職務執行の対価として具体的な報酬等の額を決定するための指針ないし参考情報に過ぎないといわざるを得ない。
こうしたことからすれば、本件各役員給与の支給額の算定にあたり■■■■■■■■■■していることをもって、直ちに当該■■■■■■における職務執行の対価であるということはできない。
D 以上のことからすれば、請求人は、定時株主総会と同日開催の取締役会において、当職務執行期間における職務執行の対価として本件各役員給与の支給を決定し、法人税法施行令第69条第4項第1号に規定する決議をしたものと認められる。そして、上記1の(3)のロの(ホ)のとおり、各取締役は定時株主総会で選任(再任)され、同日から職務の執行を開始したと認められるところ、上記1の(3)のロの(ヘ)のとおり、請求人は上記決議をした日から1月以内に本件各届出書を提出しているから、同条第4項に規定する届出期限までに所定の届出をしたものと認められる。
また、請求人が、評価対象期間である事業年度において、翌事業年度の支給額を見積もり、賞与引当金を計上した上で、翌事業年度に支給する際に、当該賞与引当金を取り崩す会計処理をしていたことからすれば、本件各役員給与に係る職務執行期間は過去のものである旨の原処分庁の主張に対しては、以下のように判断しました。
しかしながら、引当金の会計処理は、企業会計原則の定める要件や諸原則に即して行われる企業の会計上の判断であって、取締役会の決定内容を直接明らかにするものではないから、請求人が、本件各役員給与は引当金計上の要件である「将来の特定の黄用・・・であって、その発生が当期以前の事象に起因し」(上記ロの(ハ)のA) を充足していると判断して、■■■■■■に引当金を計上し支給時にこれを取り崩す会計処理をしたとしても、その会計処理をもって直ちに本件各役員給与に係る職務執行の時期が判断できるものではない。
4 本裁決は、あくまで当該事案の下での事例判断を示したものに過ぎないと理解されますので、本裁決によって、一般的に、前期末に賞与引当金を計上していた場合でも「事前確定届出給与」であると認められることになったという理解をすべきではありません。
寧ろ、引当金が「発生が当期以前の事業に起因する」ものについて計上されるものであることからすれば、前期末に役員賞与引当金が計上されていた場合には、それに対応する役員賞与は前期以前の職務執行に対して支給されるものであると判断されるリスクはあると考えるべきだと思います。
もっとも、本裁決では、本件各役員給与について前期末に賞与引当金が計上されていたことに加えて、本件各役員給与がグループの賞与支給方針に基づき前期以前の事業年度を評価対象事業年度して算定されたものであったにもかかわらず、前期以前の職務執行に対して支給されるものであるとは判断されなかったことからすると、前期以前の職務執行に対して支給されるものであるという理由で「事前確定届出給与」の該当性が否認される場合というのは、かなり限定されることにはなりそうです。
したがって、事前の対応としては慎重であるべきですが、税務調査等で問題となった場合の事後の対応としては、本裁決の判断を根拠として強気に争うべきことになるのではないかと考えられます。
以上