転職者を受け入れる際の「不正な情報持ち込みリスク」対策
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複製・転送の容易なデジタル情報の普及により、情報の漏洩や不正利用のリスクが高まっています。かっぱ寿司を運営するカッパ・クリエイトの元社長が、転職前に勤務していた「はま寿司」の原価データをメール転送させて持ち出したとして逮捕された事件は記憶に新しいところです。 転職者が、古巣の会社から不正に営業秘密を持ち出す等した場合、転職先の会社にも損害賠償責任等が生じる場合があります。コロナ下で停滞していた転職が再び活発化している今、転職者を受け入れる会社の側でも、意図しない「不正な情報持ち込みリスク」に巻き込まれないための対策が求められます。 本稿では、転職者を受け入れる際に、転職先企業自身が、不正競争防止法違反に問われないようにするための注意事項を概説します。 |
1.情報の利用に関して転職先企業に生じる問題
転職者を採用した後、転職元企業に属する情報との関係で、転職先企業が法的紛争に巻き込まれる事例は、少なくありません。
これには様々な類型が考えられますが、転職先企業に生じるダメージが大きいのが、転職先企業が、不正競争防止法の禁じる「営業秘密の侵害」を、自ら犯してしまうケースです。
たとえば、①転職者が、転職元企業の営業秘密を(その内規に反するなどして)不正に取得し、転職先企業が、不正に取得されたものであることを知りつつ、あるいは重過失により知らないまま、その情報を取得したり使用したりする例です(不競法2条1項5号)。あるいは、②転職者が情報を取得した時点では不正な取得ではなかったものの、転職後、転職先企業に不正な利益を得させる目的(図利目的)でその情報を開示し、転職先企業が、そのような事情を知りつつ、あるいは重過失により知らないまま、その情報を取得したり使用したりする例(不競法2条1項8号)も典型的です。なお、「図利目的」は広く認められる傾向(転職先と転職元企業が競争関係にあり、その情報が転職先企業の事業に役立つ、といった関係があれば認める)がありますので、②が成立する余地は広いといえ、注意が必要です。
これらの場合、転職者はもちろん、転職先企業自らも「営業秘密の侵害」を行ったものと評価され、転職先からの損害賠償請求や差し止め請求を直接に受けることになります。
2.転職元企業における「営業秘密」とは
上記でいう「営業秘密」とは、秘密として管理されている(秘密管理性)、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報(有用性)であって、公然と知られていない(非公知性)ものをいいます(不競法2条6項)。
「秘密管理性」が認められる典型例は、「厳秘」「部外秘」といった記載があり、アクセスできる者が制限されている情報や、内規による守秘義務の対象となっている情報などです。「有用性」が認められる典型例は、製品の製造方法やノウハウといった生産方法や、顧客名簿や販売マニュアルといった販売方法があります。「非公知性」は、その情報が刊行物に掲載されていないなど、情報主体の管理下以外では一般的に入手できない状態であれば認められます。
したがって、たとえば転職者が転職元企業から顧客名簿を持ち出したとしても、それが転職元企業において秘密として管理されていない情報であったなら、その情報は秘密情報に該当しません。もっとも、転職元企業での情報管理の状況を正確に知ることは、通常困難です。転職者が持ち込んだ情報の営業秘密該当性を検討する際は、転職者の言い分等の不確かな情報のみに依拠して、秘密管理性がないものと即断するのは危険です。
3.転職先企業の「故意」「重過失」とは
上記1でいう、転職先企業の「故意(知りつつ)」は、文字通り営業秘密の不正取得等の事情を、転職先企業が知っていることです。「重過失」とは、「取引上要求される注意義務を尽くせば、容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず、その義務に違反する場合をいう」などと説明されます(知財高判平成30年1月15日)。 もっとも、転職先企業の故意や重過失を、誰を基準に認定するべきかについて明確なルールはありません。実務では、複数の転職者が、転職元企業から不正に取得した営業秘密である顧客情報を、実際に転職先企業での業務に使用していた、という事案で、転職先企業の代表者や他の従業員の認識などを吟味することなく、転職先企業の故意を認定している例もあります(大阪地判平成28年6月23日))。
以上に鑑みますと、確実に、転職先企業が不正競争防止法違反に問われないようにするためには、不正な「営業秘密の持ちこみをさせない」ための措置を徹底する必要があります。そのような措置を徹底したにもかかわらず、転職者に転職先企業が欺かれるような形で不正な営業秘密の使用がされたというような事案であれば、転職先企業に故意も重過失もなかった、として転職先企業自身の不正競争防止法違反が否定される可能性はあるように思われます。
4.考えられる紛争予防策
さて、それでは1で述べたような、転職先企業自ら営業秘密侵害をしてしまう事態は、どうすれば防止できるでしょうか。
⑴ 転職者採用時に実施すべき措置
まず、転職者を採用する際に実施できる対応について。この段階で実施すべきは、転職者が転職元企業の営業秘密を持ち出していないことの確認と確約、そしてそれらのエビデンスを残すことです。
なお、上記の通り、「営業秘密」の定義はやや技術的であり、ある程度、専門知識がないと判別できません。そこで、転職者からの「確認」を実施するに際しては、営業秘密の意味を、当該転職者の前職との関係で問題となりそうな典型例を示すなどして、具体的に説明する必要があります。その上で、営業秘密を持ち出していないことを確認するのでなければ意味がありませんので注意が必要です。説明や確認の内容を書面化する、あるいは議事メモを残すなどして、エビデンスも確保します。
「確約」を得る方法としては、誓約書にサインをしてもらうことが考えられます。誓約書の内容は、たとえば、「私は、〇年〇月までA株式会社に勤務しておりましたが、A社と私の間には、A社の同業又は事業内容の類似する会社への就職を禁じる合意書・誓約書などは存在せず、私が貴社に就職することを妨げる何らの事由も存在しません。また、私はA社の顧客名簿・得意先名簿・仕入先名簿や、販売マニュアルなど、A社の事業活動に用いられている何らの情報も持ち出しておらず、保有していません。したがって、貴社に就職した後、これらA社の情報を使用することもありません。」といったように、当該転職者の事業内容に即して、できるだけ具体的に誓約してもらうべきです。
⑵ 採用後にも留意すべき事項
採用時に⑴のようなエビデンスを残すことは重要ですが、これだけで、貴社による営業秘密侵害を完全に防げるわけではありません。
採用後も、実際に誓約書の内容が遵守されていることを確保するため、たとえば転職者の業務内容を定期的に確認し、また私物のUSBメモリ等の記録媒体の業務利用や持ち込みを禁止する、といった取り組みを行うことも考えられます(※1)。
⑶ 全従業員に対する教育
さらに、転職者のみならず、全従業員に対して情報管理教育を定期に行うことも重要です。前述した「営業秘密」の内容を含めて、何が許されて何が許されていないのかを、多くの従業員が理解していると、不正な情報使用に対する従業員相互の牽制が利くようになるためです。
以上
引用:
※1 経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」(平成28年2月(最終改訂:令和4年5月))135頁参照。