【最新税務裁判例】 消費税の仕入税額控除の計算方法である個別対応方式における「用途区分」の方法、「売上げに係る対価の返還等」の意義が問題となった事例 ~東京地裁令和7年1月24日判決TAINS Z888-2735~
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【最新税務裁判例】 消費税の仕入税額控除の計算方法である個別対応方式における「用途区分」の方法、「売上げに係る対価の返還等」の意義が問題となった事例 ~東京地裁令和7年1月24日判決TAINS Z888-2735~ |
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【最新税務裁判例】
消費税の仕入税額控除の計算方法である個別対応方式における「用途区分」の方法、「売上げに係る対価の返還等」の意義が問題となった事例
~東京地裁令和7年1月24日判決TAINS Z888-2735~
鳥飼総合法律事務所
パートナー弁護士 橋本浩史
1 はじめに
消費税の仕入税額控除制度の下で、控除する課税仕入れ等の税額(仕入控除税額)の計算方法としては、課税仕入れ等の税額の全額を控除できる場合と当該税額のうち課税資産の譲渡等に対応するものだけが控除できる場合に分かれます。
具体的には、課税期間における課税売上高が5億円を超える事業者又は課税売上割合が95%未満の事業者については、課税仕入れ等の税額の全額を控除することはできず、課税資産の譲渡等に対応する課税仕入れ等の税額が控除の対象になります(一部控除)。
この一部控除の計算方法には、個別対応方式と一括比例配分方式の2つの方法があり、このうち個別対応方式とは、その課税期間中において行った課税仕入れ等の税額を、用途に応じて
イ 課税資産の譲渡等にのみに要するもの(課税対応課税仕入れ)
ロ 非課税資産の譲渡等にのみ要するもの(非課税対応課税仕入れ)
ハ 課税資産の譲渡等と非課税資産の譲渡等に共通して要するもの(共通対応課税仕入れ)
に区分(用途区分)し、次の計算式により計算した金額を仕入控除税額とする方式です。
仕入控除税額=「課税対応課税仕入れに係る税額の合計額」+「共通対応課税仕入れに係る税額の合計額」×「課税売上割合」
したがって、課税仕入れが課税対応課税仕入れではなく共通対応課税仕入れに区分されると仕入控除税額が減少する(納付すべき消費税額が増加する)ことになります。
本件では、投資用マンションの販売事業を行っていた原告が、販売目的で建物を購入した取引について、この「用途区分」の方法が問題になり、裁判所はその判定単位に関する判断を示しました。
また、消費税法では、課税事業者が国内において行った課税資産の譲渡等につき、返品を受け、又は値引き若しくは割戻しをしたことにより、「売上げに係る対価の返還等」をした場合には、売上げに係る消費税額から当該返還等の金額に係る消費税額を控除することとされています(消費税法38条1項)。
本件では、原告が販売したマンションの買主に対して支払った家賃保証が、同項の「売上げに係る対価の返還等」に該当するか否かも争点になり、この点についても、裁判所は注目すべき判断を示しました。
2 事案の概要
原告は、投資用マンションを取得して投資家等に販売するなどの事業を行っていた株式会社であり、本件課税期間中に、販売目的で住宅賃貸用物件である複数の建物(本件各建物)を、その敷地と共に取得しました(本件各取引)。
本件各建物は、いずれの建物についても、原告による取得の時点において既にその一部の居室について賃貸借契約が締結されて住宅として貸し付けられており、原告は、本件各取引により、この賃貸借契約上の賃貸人たる地位を承継し、本件各建物を販売して買主に引き渡す(所有権の移転日)までの間、その賃料を収受しました。
本件各建物は、区分所有建物ではなく、一棟の建物として登記されており、本件各取引の売買契約においても、売買の対象は、建物の一部ではなく、一棟の建物全体でした。
また、原告は、原告が販売した物件の一部につき、その買主との間で、その引渡しから一定の期間(おおむね3か月から1年間)、賃借人が入居するまでの賃料相当額を支払う旨の家賃保障特約を締結し、これに基づき、本件課税期間において、各買主に対し、当該賃料相当額(本件各家賃保証)を支払いました。
原告は、控除対応仕入税額を個別対応方式により計算して、本件課税期間の消費税等について、確定申告書を法定申告期限までに提出しました。
その後の経緯はやや複雑なので省略しますが、所轄税務署長は、原告に対し、原告の更正の請求を認めない旨の通知処分(本件通知処分)をしました。
本件は、原告が本件通知処分の取消しを求める訴訟であり、争点は、
- 本件各取引に係る課税仕入れのうち、本件各建物の取得時から販売時まで賃貸されずに空室であった居室(本件各空室)に対応する部分(本件各空室対応部分)が課税対応課税仕入れに該当するか否か(争点①)、
- 本件各家賃保証が「売上げに係る対価の返還等」に該当するか否か(争点②)、
の2点でした。
なお、原告は、争点①については、
- 本件各取引に係る課税仕入れのうち、本件各空室に対応する部分については、客観的に「その他の資産の譲渡等」に対応していないから、本件各建物の一棟ごとに、建物全体の課税仕入れ額を全居室数に対する本件各空室の数の割合によって案分して課税対応課税仕入れの額を算出すべきであると、
争点②については、
- 原告が販売してきた投資用マンションという商品は、その取引価格が当該投資用マンションの利回りを基に決定されるという特徴を有しているため、本件各家賃保証の支払の本質は、空室が続いてしまうことにより取引価格に見合った利回りとなっていない建物について、その建物代金を値引き(調整)するというものであり、したがって、本件各家賃保証の支払は、「売上げに係る対価の返還等」に該当すると、主張しました。
3 裁判所の判断
裁判所は、以下のように判断して、原告の請求を棄却しました。
- 争点①について
裁判所は、まず、「課税対応課税仕入れ」の意義について、最高裁判決を引用して、次のように判示しました。
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消費税法30条2項1号にいう課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である(最高裁令和5年3月6日第一小法廷判決)。 |
続いて、裁判所は、消費税法30条2項1号の「用途区分」を行う際における判断単位について、次のように判示しました。
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消費税法30条2項1号は、同条1項の規定により控除する課税仕入れに係る消費税額について、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れにつき、課税対応課税仕入れ、非課税対応課税仕入れ及び共通対応課税仕入れの区分が明らかにされている場合における計算方法である個別対応方式を規定しており、個々の課税仕入れと個々の資産の譲渡等との対応関係に着目していることからすると、同号は、個別対応方式を適用する際の用途区分の判定につき、課税仕入れごとに行うことを前提としていると解される。 そして、「課税仕入れ」とは、事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供を受けることをいうから(同法2条1項12号)、用途区分の判定は、資産の譲受けや借受け、役務の提供を受けることといった、個々の取引ごとに行うのが相当である。 |
以上のような法解釈を示した上、裁判所は、次のように判示しました。
- 本件各建物は、いずれも区分所有建物ではなく、それぞれ一棟の建物として登記された建物であり、取得に係る売買の対象は一棟の建物としての本件各建物であったから、用途区分の判定単位である個々の取引の対象は、本件各建物の個々の居室ではなく、一棟の建物としての本件各建物である。
- 原告は、本件各建物を転売目的で購入したものであるが、本件各建物はいずれもその購入時からその一部の居室が住宅として賃貸されており、原告は、賃借人がいる状態で本件各建物を購入し、その後、これを売却するまでの間、その賃料を収受したものである。そうすると、本件各取引に係る各課税仕入れは、原告の事業において、「課税資産の譲渡等」である本件各建物の販売のみならず、「その他の資産の譲渡等」である本件各建物の住宅としての賃貸にも対応するものであるということができる。
- よって、本件各取引に係る各課税仕入れは、共通対応課税仕入れに該当するものであり、課税対応課税仕入れに該当するとは認められない。
(2)争点②について
裁判所は、消費税法38条1項について、次のように判示しました。
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消費税法は、課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準を「課税資産の譲渡等の対価の額」と定めており(同法28条1項)、当該課税資産の譲渡等が行われた後にその対価の返還等が行われた場合にはその消費税額について調整が必要となるところ、同法38条1項は、課税資産の譲渡等が行われた後に売上げに係る対価の返還等が行われた場合における消費税額の調整として、売上げに係る対価の返還等をした日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から当該課税期間において行った売上げに係る対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額を控除することとしている。 このように、同項の趣旨が、課税資産の譲渡等が行われた後に売上げに係る対価の返還等があった場合における消費税額の調整であることに鑑みると、同項が「売上げに係る対価の返還等」が生じる事由を「返品を受け、又は値引き若しくは割戻しをしたこと」に限定しているとは解されないのであり、課税資産の譲渡等が行われた後に、課税資産の譲渡等の原因となった売買契約等の法律関係に基因する事由又は当該法律関係自体の変更や消滅等により、事後的に対価の額が返還又は減額された場合には、「売上げに係る対価の返還等」があったものとして、同項を適用することができると解するのが相当である。 |
裁判所は、以上のような法解釈を示した上、本件各家賃保障特約は、各物件に係る売買契約に付随して締結された、各売買契約とは別個の特約であり、原告は、これにより新たな債務の負担を約したものであって、本件各家賃保証の支払は、各売買契約に基づく引渡し後に生じた事情を踏まえ、各売買契約とは別個の特約に基づいて債務を履行したものと認められ、そうであれば、本件各家賃保証の支払は、各売買契約に基因する事由又は各売買契約の変更や消滅等により、課税資産の譲渡等に係る対価(売買代金)の額が事後的に返還又は減額されたものとはいえないから、「売上げに係る対価の返還等」に該当するとは認められない、と判示しました。
4 検討
(1)用途区分の判定単位
原告のように居住用賃貸建物の売買等を行う事業者は、非課税取引である土地の売買が取引全体の中で大きな割合を占めるため一般に課税売上割合が低く、空室部分も含む本件各取引の全部が共通対応仕入れに区分されると、控除対象仕入税額が少額になり、事業の採算性にも影響を与え得ることになります。
個別対応方式における用途区分の判断基準については、従前は主観説、客観説などの学説もありましたが、3(1)で引用した令和5年最高裁判決が、その判断基準を明らかにしました。
本件では、一部の居室について賃貸借契約が締結され住宅として貸し付けられている建物を購入した取引につき、用途区分の判断の単位が問題となり、本判決は、課税仕入れの意義(消費税法2条1項12号)から、「個々の取引ごと」に行うという判断を示しました。
このような判断によると、売買の対象である建物が区分所有建物として登記されていたか、それとも一棟の建物として登記されていたか、また、売買契約において、売買の対象を個々の居室としていたか、それとも一棟の建物としていたかという(ある意味「形式的」な)事情により、控除対象仕入税額が変動することになり、税負担の累積の排除という消費税法の目的は徹底されないという面はあります。
しかし、消費税法には、一方で、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現などの要請もあり、裁判所は、本判決においては、このような点を重視したものと思われます。
(2)「売上げに係る対価の返還等」の意義
また、本判決は、消費税法38条1項の趣旨から、「売上げに係る対価の返還等」とは、課税資産の譲渡等の原因となった売買契約等の法律関係に基因する事由又は当該法律関係の変更や消滅等により、事後的に対価の額が返還又は減額された場合とするという判断を示し、この点に先例的な価値があります(※1)。
ところで、同項は、文言上は、かかる返還等の場合を「返品を受け、又は値引き若しくは割戻しをしたこと」に限定しているように読み取ることができ(※2)、厳格な文理解釈の原則が適用される租税法の解釈としては、やや意外な判断であるように思われます。
かかる判断によると、例えば対象資産の契約不適合(瑕疵)や契約上の条件などに基づく対価の返還又は減額が発生した場合も、「売上げに係る対価の返還等」に該当すると思われますが、依然その範囲の外延は明確であるとはいえず、今後、その限界事例が訴訟において争われる可能性もあると思われます。
※1 同趣旨の判断を示した裁決としては、平成17年7月15日付け裁決があります(裁決事例集No.70 381頁)。
※2 現在の消費税基本通達でも、厳密には返品・値引き・割戻し以外の場合も「売上げに係る対価の返還等」の範囲に含まれるとされるものが個別に規定されています(販売奨励金等(消基通12‐1‐2)、事業分量配当金(消基通12‐1-3)、仕入割引(消基通12-1-4))。
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