経営者に必須の法務・財務 提訴マニュアルの改訂

 最近、監査役会が定めている提訴請求マニュアルの改訂が多くなってきている。

 その背景には、取締役・監査役の法的責任に関する厳しい裁判実務の動向、法的責任の追及を後押しする社会の状況等がある。

 株主が株主代表訴訟を、つまり大企業の取締役を提訴するには、まず、やるべきことがある。それは、監査役に対し内容証明郵便で、取締役を特定して、その責任原因事実、会社が被った損害額等を記載し、当該取締役を提訴すべきことを求めるものである。

 これを、提訴請求という。この提訴請求に対し、改正前の商法では30日、改正後の商法では60日の考慮期間が監査役に与えられている。

 監査役がこの期間内に当該取締役を提訴しなかった場合に、期間経過後に、株主は当該取締役を被告とする株主代表訴訟を提起できるようになる。

 提訴請求マニュアルとは、株主から監査役宛に提訴請求の内容証明郵便が来たときに、監査役の対応方法を決めたものである。

 従来の提訴請求マニュアルには、監査役が取締役を提訴するということを内容とする取り決めはなかった。監査役も取締役も実質的に仲間だからである。

 しかし、現在、提訴請求マニュアルの改訂では、一定の場合には、監査役は取締役を提訴するという一文を入れるのである。

 この改訂は、取締役と監査役の関係を、実質的な仲間関係ではなく、法律的な関係で捉えなおそうとするものである。

 法律的には、取締役が会社との関係で損害賠償責任を負っている場合には、監査役は取締役を提訴して会社の損害を回復すべき義務がある。

 今回の改訂は、監査役の取締役提訴義務をマニュアルで明文化するものである。商法的には、当たり前のことであるが、従来出来なかったのを、当たり前のこととして実現しようとするところに、監査役改革の出発点が垣間見える。

 従来の商法改正だけで監査役改革はできないが、監査役が時代背景を理解し、商法の常識にしたがって、取締役との関係を法律的に捉えなおそうとしていることは特筆に価する。

 また、このような改訂は取締役の理解なしには不可能である現実からすれば、この改訂を受け入れる取締役もガバナンス改革に本気で取り組む姿勢を示すものと評価できよう。

 取締役は裁判実務で確立しつつある取締役の会社に対する義務としての「内部管理体制構築義務」を理解すれば、監査役が取締役を提訴することの必然性が分かる。

 詳細は論じないが、取締役の内部管理体制構築義務の中には、会社に対する法的責任を負担する者がいれば、その責任を追及するように取締役が体制を構築すべき責任を負うという内容が含まれている。

 会社に対する法的責任を負担する者が取締役であれば、それ以外の取締役は前記取締役の責任の追及をさせるべき義務を負うことになる。

 大企業では取締役の責任追及は監査役が担当するから、法的責任を負わない取締役は監査役に対し、法的責任を負う取締役の責任追及をさせなければならない。そうでないと、取締役の義務違反になるからである。

 こう考えてみると、監査役が取締役の責任追及をすべき必然性が理解できるであろう。提訴請求マニュアルの改正には必然性がある。
(文責 鳥飼重和)-2003.8.4

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鳥飼 重和

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