中央大学商学部教授 大淵先生が緊急寄稿!! 執行役員への昇格と退職金の損金算入の可否
1.執行役員の意義
最近のわが国の企業においては、取締役の意思決定の具体的執行を担当する執行役員の導入が増加している。会社の取締役は経営方針と具体的な業務執行の採用についての意思決定と監督機能(商法260条1項)を担当するのに対して、執行役員は、取締役会の決定した施策を実際に実行するもので、いわば、経営の意思決定と実際の業務執行とを分離することによって、取締役会の活性化と意思決定の迅速化という経営の効率化に資するという取締役会の改革の一環として導入されている。
ところで、企業の社内取締役が執行役員を兼務する場合が多いといわれているが、この場合には、取締役であるから税法上の役員であり従前と異なるところはない。しかし、現在、導入されている執行役員は、取締役が兼務しているものばかりではない。本来の執行役員とは、従前の業務執行取締役及び使用人兼務取締役の担当業務を取締役でない者に任せるために、取締役とは別個の資格で取締役会により選任され、代表取締役の指揮の下で会社の業務執行を分担して行う責任者を意味する(畠田公明「執行役員の法的地位と責任」商事法務NO.1505)49頁)。しかしながら、執行役員制度が法的制度ではないことから、執行役員の地位の法的構成については必ずしも明確でない点があり、会社の選択した契約関係に委ねられることにならざるを得ない。
そのために、会社によっては、従前の経緯から、役員待遇として税法上も役員として位置づけているところもあるのではないかと考えられる。そのために、使用人が執行役員に昇格した場合の昇格前の使用人時代に係る退職給与の打切り支給を行う場合かあるようである。この場合の税法上の取り扱いについて、課税当局者の解説においても齟齬が見受けられるようである。そこで、以下ではこの点について、検討を加えることとする。
2.執行役員の税法上の性格
執行役員は、商法上、雇用契約であれ、委任契約であれ、商法上の使用人または重要な使用人の地位に立つと解されていることから、法人税法上の法定役員には該当しない。しかし、法人税法上の固有概念である役員には「みなし役員」も含まれることから、当該役員に該当するかどうかの検討を要する。
「みなし役員」とは、[1]法人の使用人以外の者でその法人の経営に従事しているもの、[2]同族会社の使用人のうち、一定の持株割合を有する株主等でその法人の経営に従事している者をいうが、執行役員が[1]に該当するかどうかが問題となる。しかし、執行役員を「法人の使用人以外の者」に該当すると解するとしても、執行役員が「経営に従事している」ということができるかどうかが問題となる。
ところで、「経営に従事している」とは、長期・短期の経営計画や資金調達、使用人の採用や退職の決定、役員の昇格等、経営の枢機に参画することを意味するが、執行役員制度を採用する企業の経営上の業務執行の意思決定機能は取締役会に属するから、執行役員は、代表取締役の指揮の下で会社の業務執行を分担して行う責任者としての地位にすぎず、法人税法上の「経営に従事している者」には該当しない。しかし、非上場企業で、当該執行役員が事実上、取締役会に参画して経営に従事していると認定される場合には、法人税法上の「みなし役員」に該当することになると解されるし、また、同族会社の一定の持株割合を有している執行役員が「経営に従事している者」に該当する場合には、[2]の「みなし役員」に該当することになる。
3.従業員から執行役員へ昇格した場合の退職給与の打切支給の可否
執行役員は役員ではなく使用人であるから、仮に、使用人が執行役員に昇格した場合には、使用人から役員に昇格した場合に認められている使用人退職給与の打切支給は認められない。雇用契約の継続に何ら変動がないからである。
しかしながら、使用人としての雇用契約を解消して退職し、新たに委任契約を締結して執行役員に就任した場合には、一旦、使用人としての雇用契約の解消を使用人の退職と認定し、その後の委任契約による執行役員の就任を別個の法律関係として構成するのか、また、委任契約に基づく執行役員であるとしても、その職務内容から使用人と位置付けることが実態に適合しているとし、実質的に使用人としての地位は継続していると認定することも可能である。前者の場合には、使用人時代の退職給与が認められるという見解も考えられるが、後者であれば、使用人としての職務が継続していることから、実質的な意味での退職の事実はないということになるであろう。
この場合の税法上の論点の検討に当たっては、5年又は10年毎に再雇用するという場合の短期定年制による退職金の支給が賞与又は退職給与のいずれに該当するかという最高裁昭和58年12月6日(判例時報1106号61頁)が参考となる。当該判決は、退職金は勤務関係の終了という事実により給付されるものであるという前提に立ち、本件事実関係においては勤務関係終了の事実があるとはいえないとして、退職所得と認定判断した原審を取り消している。しかし、一方で、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があり、実質的には従前の勤務関係の延長とは見られないなどの特別の事実関係がある場合には、退職と解されることを判示している。
最高裁判決の判示するところによれば、会社が従業員との雇用契約を解消し新たに委任契約を締結し執行役員として採用した場合には、勤務関係は形式的に継続していることから、その勤務条件の実質判断によっては退職と評価されないことになる場合があるが、委任契約の労働条件等に雇用契約のそれとは重大な変動があると認定できるのであれば、雇用契約以上に委任期間経過後の委任契約の解消が容易であるという不安定な使用人の地位の変動をも考慮すると、使用人としての雇用契約が解除されて実質的な退職として判断されることが可能であろう。この場合には、過去の使用人時代の退職給与の打切支給は容認されることになる。このような金員の支給を給与所得として高率課税するよりも、実質的な退職所得として優遇課税することが実態に即していると考えられる。
現在、課税当局者の見解を見ると、使用人から執行役員への昇格という身分の変動について、退職とみなすかどうかの意見が統一されていないようであるが、それは、会社からの離脱という本来の退職とは異なり、その地位の変動が退職とみなされる身分関係の変動と認められる実態にあるかどうかという微妙な事実認定の問題であるために、消極又は積極のそれぞれの見解が出されているのであろう。
ところで、非取締役の執行役員から取締役に昇任した場合、取締役から非取締役の執行役員となった場合には、商法上の地位の変動があることから使用人又は取締役の退職とみることができるので退職金の打切り支給は認められるが、使用人から非取締役の執行役員に昇格した場合には、単なる雇用契約の継続ということであれば退職とみることは困難であろう。しかし、使用人から委任契約による非取締役の執行役員に昇格した場合で、使用人時代の身分関係は遮断され、その地位に重大な変動があれば、前記最高裁判決の趣旨に則り、実質的な退職とみなしてよいように思われる。ただ、この場合の事実認定はかなり微妙な認定を要することになるであろう。その意味で、雇用契約または委任契約にかかわらず、執行役員と使用人時代の勤務期間を通算して計算するという規定を置いて運用することも一つの方法であろう。
ちなみに、63社のアンケート結果(「執行役員に対するアンケート結果の概要」商事法務)NO.1526 1999年5月 23頁)によると、執行役員が雇用契約の会社が42社、委任契約が11社であり、また、退職金の支給については、使用人から取締役兼務以外の執行役員昇任時に21社、執行役員から取締役就任時に50社、取締役から執行役員就任時に50社が退職金を支給すると回答している。
この結果からも明らかなように、使用人から執行役員に昇格時に退職と認識して退職金を支給していることが分る。課税当局においては、従前の法人の税務上の処理について、遡及更正するのではなく、適切な指導を徹底することを実践すべきであろう。そして、そのためには、明確な解釈通達を発見して統一的な処理を図るべきであることを提言しておきたい。
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