国税OBが緊急寄稿!!所得税法は“生身の人間”を対象 保証債務の履行と譲渡所得
第56回 保証債務の履行と譲渡所得
譲渡所得は、保有資産が保有者の手を離れるのを機会に、その保有期間中の価値の増加益(キャピタル・ゲイン)に相当する所得が実現したものとして一時に課税するものです。
したがって、保証債務のために資産を譲渡した場合であっても、譲渡所得の課税が行われるのですが、他方、所得税法では、資産の譲渡代金が回収不能となった場合、回収不能に係る部分の所得はなかったものとみなす旨の規定が置かれております。他人の債務を保証していた人が資産を譲渡し、その譲渡代金を保証債務の履行に充てたところ、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使できなくなったという場合を考えてみましょう。この場合には、譲渡先から代金が回収できなくなったわけではないのですが、その求償権を行使できなくなった金額に相当する所得を享受していないことには相違ないのです。そこで、所得税法64条2項では、保証債務を履行するために譲渡所得の基因となる資産の譲渡をし、その履行に伴う求償権の全部又は一部の行使ができなくなった場合には、その求償権の行使ができないこととなった金額に対応する所得はなかったものとして、譲渡所得の課税を行わないこととしているのです。
この点について述べたものに、東京高裁平成7年9月5日判決があります。同判決では、「所得税法64条2項の規定の趣旨は、保証人が、たとえ将来保証債務の履行をすることになったとしても、求償権を行使することによって最終的な経済的負担は免れ得るとの予期のもとに保証契約を締結したにもかかわらず、一方では、保証債務の履行を余儀なくされたために資産を譲渡し、他方では、求償権の相手方の無資力その他の理由により、予期に反してこれを行使することができないというような事態に立ち至った場合に、その資産の譲渡に係る所得に対する課税を求償権が行使できなくなった限度で差し控えようとするものであると解される。」旨判示しているところです。この趣旨に従えば、求償権の行使がそもそも不能であることを知りながら、あえて保証をしたときのように、最初から主債務者に対する求償を前提としていない場合には、所得税法64条2項を適用することができないことになります(大阪地裁昭和56年6月26日判決参照)。
なお、保証債務の履行のため資産を譲渡した場合の所得計算の特例は、その年分の確定申告書に所定の事項を記載し申告することが適用要件とされております。また、その求償権の行使することができなくなった事実の発生が法定申告期限後に生じたときは、その事由が生じてから2ヶ月以内に後発的な事由による更正の請求をすることになります。
2004.1.30
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