ストックオプション税務訴訟 フォード日本元社長鈴木弘然氏インタビュー
―― 本日はフォード日本元社長の鈴木弘然さんからお話を伺います。鈴木さんは、一時所得であると国税局から確認をとった後でストック・オプションを行使したところ、確定申告期の直前になって税務職員から給与所得であるとの指導を受けました。同じ国税庁の組織の中で言っていることが違うということに納得できず、何度も足を運んで税務職員に説明を求めたにもかかわらず、納得の行く回答は得られませんでした。そのため、訴訟を提起する決意をされたと伺っております。
ストック・オプション税務訴訟にどのような思いで参加されたのか、組織運営のスペシャリストとして国税庁という組織のどのような点が問題だと考えられるのか、といった点についてお話を伺いたいと思います。
まず、昨年11月にストック・オプションの課税に関して裁判を提起されましたが、鈴木さんにとっての裁判への思いというのをお聞かせ下さいますでしょうか。
鈴木: 今度の裁判は、単純に「税金をとられたくない」というような思いで起こしたものではありません。また、税の法的な根拠が明快でないということが大きな争点となっているわけですが、今回の裁判というのはそういった問題にとどまらず、もっと幅広く、税を取り巻く法律・制度、国税の組織といった面にまたがる大きな問題を含んでいると思うのです。
―― 先日第2回目の裁判の際に出廷されましたがご感想はいかがでしょうか。
鈴木: まだ裁判は始まったばかりですから感想というのはないです。
―― 裁判に入る前の手続きについてのご感想はいかがでしょうか
鈴木: 今回自分で経験してはっきり分かったことですが、国税がおかしなことをした場合に納税者にはどこにも行き場所がないんです。確かに、異議申立の手続きなんかはあります。でも冗談じゃないですよ。全部、国税不服審判所も含めて税務署の手先ばっかりなんですから(笑)。
今回の問題にしても、裁判に行くまでに決着しなければならない話だったと思うのです。それが裁判に持ち込まないと解決できない。これがいちばんおかしいと思います。
―― 税務署に対して何度も質問をされたとのことですが、具体的にはどのような質問をされたのでしょうか。
鈴木: 私の場合、2つの質問をしました。一つ目は、税の法的根拠を示せということです。もう一つは、仮に法的根拠があったにしても、間違った指導をした責任というのはないのかということです。
―― それに対する税務署の職員の説明はいかがでしたか。
鈴木: 全く論理的でなかったですね。
窓口担当者も個人的にはいい人でした。最終的には、しどろもどろになって、「道義的責任を感じる」なんて言ってくれましたよ(笑)。でも、説明が全く一貫しないんです。
不服申立のプロセスの中でも、国税側は私の2つの質問に対して、回答を拒否し続けてきました。その回答が出ないから私は訴訟を提起したのです。
もし国民からの質問に対して一切回答しなくてよいということであれば、日本国は法治国家として崩壊しますよ。
―― 税務署に対して批判的な視点をお持ちのようですね。
鈴木: この1年間私は税務署とやりとりしてきて、こんなにいい加減な組織が世の中にあるのかと思って唖然としました。私もそれまでは、多くの納税者と同じように、税務署というのは脱税を摘発するし、何となく正しいことをする所だと思っていました。
これだけは理解しておいてもらいたいのですが、私が税務署がおかしいと感じたのは別に、私が税務署ともめていたからということではありません。私は仮にも大会社で管理職をつとめ、社長もつとめてきた人間ですから、組織運営についてはそれなりのことがわかっているつもりです。その私から見て、国税というのがびっくるするほどいい加減な組織だったんです。
―― 鈴木さんは組織運営のスペシャリストでいらっしゃるわけですが、もし国税庁を改革するとしたらどんなことをされますか。
鈴木: 第一は、税法というものの単純化でしょうね。今は根拠がはっきりしないものを許す法体系、官僚の勝手な解釈を許す法律になっていると思います。ですから、まずは税法を簡略化し、そして、徴税基準、徴税方法等に関して完全に文書化してマニュアル化して誰にでも分かるようにする。これが基本でしょうね。
それが基本なんですけど、それをやるためには重要なことが一つあるんですよ。
―― 重要なこととは何でしょう。
鈴木: それは税務署をほとんどなくしてしまうことなんですね。私が今住んでいるような小さな町に「○○税務署」とか必要ないですよ。私だったら3割にしてしまいます。県に1箇所くらいあればいい。
―― それは大胆ですね(笑)。
鈴木: いや、工場でも何でもそうですけど、人を減らせばみんな人間は人なしでやることを考えるんですよ。そういうことによって、マニュアル化しなきゃいけないとか、簡素化しなきゃいけないという話が出て来るんです。
―― 次に改善すべき点はありますか。
鈴木: 納税者の質問に対する回答の書面化ですね。納税者からの質問は、どんなにマニュアル化しても残ると思います。そういった時に納税者から質問した場合には、絶対文書で回答しなきゃいけないことを法制化する必要があります。
なぜ文書で回答しなければならないかと言うと、納税者が納税を巡って疑問を抱くことは必ずあります。それがあった場合に現在は、税務署は言いたい放題言うけれども絶対に文書では答えない。税務署の説明に納得できず訴訟にすると、「言った」「言わない」になる。ですから、質問は文書で、回答も必ず文書で出すというが必要になります。
―― 他にもございますでしょうか。
鈴木: あとは、職員の質の向上が必要だと思います。不服申立の手続きの過程で国側が出して来た書面の中で、私の覚書(Stock Option Agreement)を翻訳しているのですが、その内容が恣意的なだけではなくて、間違っている部分が多くて非常に驚きました。他の省庁では考えられないでしょう。
先ほども言ったとおり、税の徴収というのは本来簡単であるべきですから、簡単にして誰でも簡単にわかるものにしなければなりません。そうなると、税務署員に高いレベルは求められません。
一方で、本庁は拡充し、優秀な人材を集める必要があります。税金について国内的には単純化しないといけませんが、これだけ国際化が進んでいると国際的には税も複雑になるはずです。そうなると、優秀な人材がいなければ対応していけなくなるでしょう。
それと、源泉徴収制度も廃止すべきだと思います。自分の知らないところで税金をとられているので、国民はみな税金のことが分からない「税金音痴」になってしまっています。私自身もそうでした。しかし、そういう人たちもいつか確定申告しなければならない時期が来ます。退職した時や給料が多くなった時です。そして、その時になってはじめて、税務署というのはこんなにひどい所なのかと愕然とするんですよ。いかに基準があいまいか、裁量が大きいか。そのような裁量を許さないためにも、国民が税金に関心を持つことが必要であり、そのためには、源泉徴収制度を廃止すべきだと思うのです。
―― 最後になりますが、今後裁判所に期待されることというのはありますか。
鈴木: 今後は日本の裁判制度が良識ある形で運営されることを期待します。少なくとも、理性が支配する裁判であってほしいと思っています。今まで裁判前に私が経験した日本の国家機関に対する情けなさを、今度は司法機関に対し感じるなどということにはなってほしくないですね(笑)。
鈴木弘然氏
学歴: 東京大学文学部哲学科〔昭和37年〕卒
経歴: 昭和37年トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)に入社。販売拡張部時代の昭和43年には「白いクラウン」キャンペーンを展開。昭和47年から7年間米国トヨタ販売に勤務し、その間、マイノリティや女性、外国人を活用し、「トヨタの国連」の異名をとる。昭和62年トヨタ自動車総合企画室長。昭和63年長野トヨタ自動車専務に転じる。平成3年フォード日本(現フォード・ジャパン)代表取締役社長に就任。平成11年退任。
(聞き手は、弁護士 間瀬まゆ子 / 高田貴史)
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