【民事判例研究会】最高裁R3.11.2第三小法廷判決をよむ~交通事故により被害者に身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じた場合における、車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点~

 最三小判令和3年11月2日民集75巻9号3643頁(本判決)は、交通事故により被害者に身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じた場合における、被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の民法(平成29年法律第44号による改正前の民法、以下「改正前民法」)724条前段所定の消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行すると判断しました。
 このコラムでは、①事案の概要、②事実関係の概要、③本判決の判断、④本判決の検討という項目に分けて説明します。

1 事案の概要
 本件は、車両を運転中に交通事故に遭ったXが、加害車両の運転者であるYに対し、不法行為等に基づき、交通事故によりXに生じた身体傷害及び車両損傷の各損害の賠償を求めた事案です。
 車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権が改正前民法724条前段所定の3年の消滅時効(短期消滅時効)により消滅したか否かが争われました。

(参考)改正前民法724条
第724条 (不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。」

2 事実関係の概要
(1)平成27年2月26日、Xが所有し運転する大型自動二輪車(本件車両)とYが運転する普通乗用自動車が交差点において衝突する事故(本件事故)が発生しました。
(2)Xは、本件事故により頸椎捻挫等の傷害を負い、平成27年8月25日に症状固定の診断がされました。また、本件車両には、本件事故により損傷(本件車両損傷)が生じました。
(3)Xは、本件事故から3年以上が経過した平成30年8月14日に本件訴訟を提起しました。Xは、本件車両損傷を理由とする損害の額について、本件車両の時価相当額に弁護士費用相当額を加えた金額であると主張し、同金額の損害賠償を求めました。
 これに対し、Yは、本件車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権について、本件訴訟の提起前に短期消滅時効が完成していると主張しました。

3 本判決の判断
 本判決は、交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行するものと解するのが相当であると判断しました。

 その理由について、車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは、両損害が同一交通事故により同一被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするものであり、車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なる請求権であると解されるのであって、そうである以上上記各損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点は、請求権ごとに各別に判断されるべきものであるからであるとしています。

 本件で、Xは、本件事故の日(平成27年2月26日)に本件車両損傷を理由とする損害を知ったものと認められ、遅くとも平成27年8月13日までに本件事故の加害者であるYを知ったものであるから、本件訴訟提起時(平成30年8月14日)には、XのYに対する不法行為に基づく上記損害の賠償請求権の短期消滅時効が完成していたことが明らかであると判示して、短期消滅時効の完成を認めました。

4 本判決の検討
(1)本判決の判断のポイント
 本判決の判断のポイントは、同一の交通事故により同一の被害者に人的損害及び物的損害が生じた場合の請求権の個数をどのように理解したかという点にあります。
 交通事故の損害には、Ⓐ人的損害とⒷ物的損害があり、それぞれの損害に㋐財産的損害と㋑精神的損害があります。
 最一小判昭和48年4月5日民集27巻3号419頁(昭和48年判例)は、同一の交通事故により生じた同一のⒶ人的損害を理由とする㋐財産的損害と㋑精神的損害とは、原因事実及び被侵害利益を共通にするから、その請求権は1個であるとしました。
 他方で、本判決は、Ⓐ人的損害を理由とする損害賠償請求権とⒷ物的損害を理由とする損害賠償請求権とは、同一交通事故により同一被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするからそれぞれ別の請求権であるとしました。
 このように、昭和48年判例は、Ⓐ人的損害とⒷ物的損害とで被侵害利益を異にするかについては明らかにはしていませんでしたが、本判決は、Ⓐ人的損害とⒷ物的損害とでは、被侵害利益を異にするものであることを明らかにし、請求権の個数が2つであると理解しました。

(2)改正後民法における本件の考え方
 改正後民法724条の2は、「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求の消滅時効について」時効期間を延長しています。同条の「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求」の範囲については、
①人の生命又は身体を害する不法行為から生じる一切の損害賠償請求権が含まれるという考え方
②人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求についてのみ対象で、その他の損害賠償請求権は含まれないという考え方
の2パターンがあり得ますが、本判決は、②の考え方と整合的であると考えられます。
 そのため、改正後民法では、本件と同様の交通事故が発生した場合、
・人的損害については「損害及び加害者を知った時」から「5年」(改正後民法724条の2)
・物的損害については「損害及び加害者を知った時」から「3年」(改正後民法724条1号)
が経過した場合に時効が完成すると考えられます。
 改正後民法においては、人的損害について時効期間が延長されるという点は改正前民法と異なりますが、物的損害についての時効の考え方について変更はなく、本判決の考え方が妥当します。

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