民事信託の信託財産 1~11(再録)
第1回 2018/03/06
信託は財産の管理や処分をその知見のある者に任せる財産管理の仕組みだから、管理や処分が難しいので、知見のある者にそれをやってもらいたい高額な財産を信託するのが基本である。逆に言うと自分で管理ができるものや、さほど高額でないものは信託する必要性が薄い。また例えばすぐに処分することが計画されている不動産は高額な財産であることに異論はないが、信託財産にすることによりその所有者が受託者名義に登記されていると、信託に慣れない地方の不動産仲介業者などは、売却の仲介に思わぬ時間を要することになるかもしれない。そこで、そういう不動産は信託しないでおくのも選択肢となる。
第2回 2018/03/07
アメリカの相続指南本では、遺言とならび信託は重要な道具立てとして登場する。その信託では、あらゆるものを信託財産とするような記述が多いようだ。つまり、自動車や飛行機など登録制度があるものはもちろん、骨董や美術品など高価なものをはじめ、日常使いそうな宝石や家具などの動産をも含めてリストが例示されている。プロベートと呼ばれる裁判所による相続手続き回避のため、なるべく多くの資産を信託しようということなのであろう。他方日本ではプロベートと呼ばれる手続きはないので、その点から「なんでも信託」との動機はない。むしろ動産などを信託財産に含めた場合、分別管理義務の要請から対抗要件具備を含めてその処理に困ることも予想される。
第3回 2018/03/16
民事信託の信託財産として、現金、つまりお札や硬貨を想定している指南書が多い。信託法も分別管理の方法として現金(金銭)の場合を想定している。ただ、現実にどうやって現金を保管管理するのかといえば、受託者専用の財布に入れて、念を入れるにはさらに受託者専用金庫に入れるのであろうか。はなはだ煩雑な感がある。信託は自分で管理処分することが困難な重要な財産をプロである他人(受託者)にその管理処分を任せる仕組みであることを考えると、日常生活の支出たる少額の現金まで関与する必要性は薄い。また、あまりに細かな管理を受託者に要求すると、ますます受託者の選任に窮することにならないかという懸念にもつながるとも思える。
第4回 2018/03/19
商事信託はもちろん民事信託でも、定期給付に加え信託報酬を有料とすれば、賃貸不動産のような収益資産を組み入れないと、信託財産の元本は日に日に目減りしていく。例えば、障がい者の親亡き後の信託の場合、現行の信託銀行の商品(特定贈与信託)では信託財産として金銭しか受け入れられないため、元本が尽きるのが早いか、障がい者の子が死ぬのが早いか、という残酷な競争になってしまう。だから、税制の恩典があるのにかかわらず、受託残高が頭打ちになっているのであろう。ここで発想を変えて、投資信託のようなリスク商品を組み込むことを考えてはどうだろう。たしかに、障がい者の生活資金でありリスク許容度は低いかもしれないが、われわれの年金資金もGPIF等を通じて、大きなリスクを取って運用されている。元本保証では信託の支出を賄えないのであれば、このような信託でもリスク商品への投資を考えてもいいのではないか。
第5回 2018/03/28
信託財産として委託者の全ての財産を信託する必要はないし、また全ての財産を信託することが妥当でないことが多い。重要で管理に手間がかかる財産だけを信託すればよい。この点遺言はすべての財産を一括して対象とすることも多い。民事信託のうち委託者兼受益者が亡くなると信託が終了するタイプには、委託者の生前の財産管理機能の他に、委託者の死後の財産分与機能がある。財産分与については信託と遺言は機能が重なる。だから、信託では重要な財産の行方を生前から相続人等に明らかにする一方、それ以外の財産の処分を遺言に委ねるという2本立てが合理的である。
第6回 2018/03/29
信託財産として不動産を信託すると、受託者はこれを登記しなければならない。この登記は通常の所有権移転の登記等とは違って、信託契約の概要を信託目録として併せて登記することになる。この信託目録には、委託者・受託者と並び受益者や、残余財産の帰属者が掲載されることになる。だから、当該不動産の行く末は登記を見れば誰の目にも(つまり受益者や残余財産の帰属者以外の相続人等にも)明らかになる。ここで相続争いが前倒しされることになる。逆に言えば委託者の死後の相続が争いにならないように、当該不動産の承継者を委託者と相続人間で話し合い、合意された者がその不動産の所有者になるといったことを信託契約の内容とするのが筋である。
第7回 2018/04/02
不動産を信託してこれを定石通り登記するか否かというのは、ようは相続に関する争いを委託者=被相続人の生前にやるか、死後にやるかという選択の問題だ。委託者の生前であれば、委託者の思いを直接受益者(相続人)等に伝えることができる。委託者の死後はそれができない。だから、委託者の生前は争いが一時表面化してもそれが収まるところに収まる期待がある。死後はそうはいかない。遺言であればその無効が主張されうるのと同様に、信託も無効を主張されうる。受託者は任務懈怠も主張されるだろう。
第8回 2018/04/06
委託者が亡くなれば終了するタイプの信託は、存続期間がごく短いので(委託者には失礼ではある)、登記まで備えるのは登記費用がもったいないとの話もまれに聞く。信託内外の関係人に現在の財産管理や委託者死後の分与について争いがないのだから、対抗要件など不要であるというわけだ。ただ、争いがないのは現時点でありそれが表面化するのは死後である。また、単純に、分別管理義務履行に必要な登記をしないのは受託者の義務違反である。
第9回 2018/04/10
民事信託で財産を承継する場合、財産の保有者=信託の委託者がまだ生きているうちに、信託すべき財産を確定するべく保有財産の調査が始まる。自分の保有している財産であるから本人が生きているうち、かつ意識がしっかりしているうちに調査したほうが、楽に決まっているし漏れも少ない。遺言があっても遺言の内容が包括的な場合、さらに言えば遺言がない場合、亡くなってから本人以外の人が財産の調査をするのは大変である。例えば遺言執行者たる信託銀行や弁護士等が、高い報酬を請求する根拠にもなっている。
第10回 2018/04/11
遺言の場合、書いてから財産の変動があっても、遺言内容と実際の財産状況との齟齬を知っているのは遺言者本人だけである。だから本人が遺言の書換えをしないと、本人が亡くなって執行の段になってから困ることになる。他方民事信託の場合、親族が受託者として契約の当事者になることが多いから、信託財産の変更について手続きすることについて委託者に失念があっても、他の家族が気が付くことが期待できる。このように、民事信託の組成は委託者の財産の正確な把握と、その後の変動の管理にも有益である。
第11回 2018/04/18
信託銀行が個人に提供する信託商品は、信託財産としてはほぼ金銭しか受け入れていない。そして事実上銀行内の内部振替によって、無リスクしたがってほぼゼロリターンの運用をしている。これはある意味仕方がないことだ。信託商品の性格上元本保証が求められるものについて、リスクのある積極的な運用はできないからだ。このことは、民事信託についてもあてはまる。しかし、企業年金にせよ公的年金にせよ、老後の生活資金というリスクを嫌う性格ではあるが、株価や為替等のリスクを積極的に取って運用されている。これは、信託期間が長いからリスク許容性があると判断されているからだ。とすれば、商事信託においても民事信託おいても、信託期間が長期に渡ることが予測されるものについては、投資信託のようなリスク商品による運用を考えてよいと思われる。その際の適合性判断は、受託者を基準についてなされ、受益者については信託資産の使い道として考慮されることになると思われる。
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