人材と競争法
芸能人やスポーツ選手などの専門性の高い個人事業者を契約当事者とする契約関係については、専門性の高さからか、特殊な業界慣行が法律に優先されていたように思う。しかし、この分野でも、法律が排除されるはずもなく、法的に整備すべきとの風潮にある。国民的スターであったSMAPやローラの事務所独立騒動により、国民が芸能界の特殊な業界慣行に違和感を大きく感じ始めた。世間の関心が集まったこともあり、公正取引員会の競争政策研究センターは、昨年夏ごろから、有識者による「人材と競争政策に関する検討会」を行い、平成30年2月15日、「人材と競争政策に関する検討会 報告書」を発表した。
「人材と競争政策に関する検討会 報告書」
http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/feb/20180215.html
<移籍禁止条項が付される目的>
芸能人やスポーツ選手などに、移籍禁止条項が付される目的は、主に「人材育成投資費用の回収」にある。確かに、将来活躍することを見越して、人材を育成したものの、すぐに独立され、その投資費用を回収できないというのでは、人材を育成するインセンティブが無くなるので、その点に対する配慮は必要である。
<移籍禁止条項の公正な競争への悪影響>
- 芸能事務所や球団間の競争の排除・回避⇒人材獲得市場における人材獲得競争が停止・回避されることになる。
- 移籍禁止条項により、芸能事務所や球団側は、新規に契約できる芸能人やスポーツ選手を見出すことが困難になり、良い人材をより良い待遇で取得することに関する競争が行われなくなる。
- 芸能人やスポーツ選手の主体的判断の阻害⇒自由な競争がなされる基盤は自由な意思決定がなされることにあるが、その基盤が侵害される(優越的地位の濫用的色彩)。
- 移籍禁止条項により、芸能人やスポーツ選手に取引先選択に関して主体的な判断が阻害され、自由な競争が阻害される。
<独占禁止法上の考慮要素>
実際に独占禁止法上違法となるかは、移籍禁止条項が付される目的と公正な競争への悪影響を利益衡量したうえで決められる。具体的には、以下の要素を考慮することになる。
- 育成費用を回収することが育成のインセンティブにつながり、競争促進効果があるとしても、それが人材獲得市場にもたらす競争阻害効果を上回るものであるか。
- 回収する必要があるとされる育成費用の水準は適切か。
※ 役務提供者が移籍しなかった場合でも、芸能事務所は、常に実際に生じた育成費用の全額を回収できるとは限らないので、育成費用がそのまま適正な水準になるとは限らない。 - 取決めの内容はその水準に相当する範囲にとどまっているのか。
- 移籍・転職を制限する以外に育成費用を回収するよりもより競争制限的でない手段は存在しないのか(Ex.移籍先の芸能事務所から移籍元の芸能事務所への移籍金)。
鳥飼総合法律事務所 弁護士 横田 未生
関連するコラム
-
2025.11.26
奈良 正哉
大企業社長の報酬低すぎないか
売上高1兆円超の企業57社(調査回答)の社長の報酬の中央値は1.2億円だそうだ(10月21日日経)…
-
2025.11.19
奈良 正哉
いわき信組刑事告発へ
金融庁は、反社への資金提供に加えて検査時の虚偽報告などにより、いわき信組を刑事告発する。業務改善命…
-
2025.11.11
奈良 正哉
オルツ不正会計、弱小監査法人の限界
「オルツ不正会計の波紋」として日経に連続記事が掲載されていた。直接帰責させているわけではないが、弱…
-
2025.10.29
奈良 正哉
ニデックはどうなってしまうのだろう
ニデックはどうなってしまうのだろう。東証から「特別注意銘柄」に指定されて、日経平均からも外された。…