経営者に必須の法務・財務 大和銀行株主代表訴訟事件判決とビジネス弁護士

 いま、大和銀行株主代表訴訟事件に関する大阪地裁の判決が、大きな衝撃を経済界に与えている。大阪地裁は、平成12年9月20日に大和銀行株主代表訴訟事件に関して、原告らの請求を一部認めて、被告役員のうち、11名に対して、総額7億7500万ドル(その当時の日本円に換算して、829億円)の損害賠償を命ずる判決を言い渡した。このように大きな賠償責任額が認められたのは、過去の日本の裁判例にもないであろう。しかも、この賠償額を支払うのは、被告である11人の個人に過ぎないのであるから、この巨額の賠償額を認めた判決に驚くのは当然といえる。判決の言い渡しを受けた被告とかその家族の心情を考えると、胸が痛む。

 さらに、この判決は、11名の被告に対する損害賠償責任に関して、仮執行宣言をつけた。通常の訴訟ならば、一審判決で損害賠償責任が認められても判決が確定するまでは、被告は損害賠償しなくてもよいのである。ところが、判決に仮執行宣言がつけられると、原告は被告に判決確定前にもかかわらず支払いを要求できる。その支払いを貫徹するためには、被告の報酬とか自宅等に執行をかけられる。今回の大和銀行株主代表訴訟事件の判決は仮執行宣言付きであるから、原告らは、被告が毎月、会社からもらう報酬とか被告の自宅等の執行をされる危険が生じた。そのため、被告らは、仮執行を停止してもらうために、総額8億2924万5000円を供託している。サラリーマン役員にすぎない被告らにとって、8億円を超える供託金を集めるのも大変であったろうことは容易に想像できる。

 以上のように、11名の被告の方々には、同情を禁じえないが、商法の規制の観点から、大和銀行株主代表訴訟事件判決の検討をしてみたいと思う。まず、この巨額な賠償額を認める株主代表訴訟とは商法上いかなる意味があるのかを考えたい。その出発点は取締役の会社に対する損害賠償責任である。つまり、取締役は会社の最大利益実現のために奉仕すべき義務があるが、その法的な表れとして、善管注意義務、忠実義務、監視義務を負っている。他方、支配と経営と分離の観点と経営の効率性の観点から、取締役の権限が広範に認められている。従って、取締役は、会社の最大利益のために、取締役の広範な権限を駆使しなければならない。取締役の権限行使につき、取締役に上記の法的義務違反があれば、取締役は会社に対して、会社の被った損害を賠償すべき責任がある。この取締役の会社に対する損害賠償責任を、当該取締役が自主的に賠償してくれればよい。そうでないときには、大会社の場合は、会社の監査役が会社を代表して、取締役の責任追及をできることになっている。ところが、監査役が、取締役の責任追及をする可能性は低い。監査役は取締役とは仲間意識があるからである。

 しかし、これでは取締役の責任を商法が認めた意味がなくなる。そこで、会社の所有者である株主に、会社に代わって取締役の責任追及を出来るとした制度が株主代表訴訟である。この株主代表訴訟の機能は、大きくは2つあるといってよい。1つは、取締役の違法な行為によって被った会社の損害を、株主の手のよって、回復しようとする機能である。もう1つの機能は、株主代表訴訟を制度化することで取締役の責任の追及が厳格にされることが担保されるから、そのことによって、取締役が違法行為をすることを事前に抑止できるとするものである。この2つ目の機能は、株主代表訴訟制度がおかれただけでは十分ではない。実際の取締役の損害賠償責任がみとめられるときには、現実の株主代表訴訟が提起されることが必要である。そうでなければ、取締役等は違法行為をしても責任追及されることを考えなくてよいことになり、違法行為を抑止しようという気にならないからである。株主代表訴訟の実際的な機能は、2つ目の機能つまり、取締役の違法行為を抑止する機能にある。大和銀行株主代表訴訟事件判決が、株主代表訴訟の真の機能を明らかにしたとも言える。11名の取締役が束になっても829億円の賠償額を払えるはずもないから、この判決が、損害を受けた会社である大和銀行の損害回復機能をもつはずがないからである。その反面、この判決は、取締役が違法なことをすると、取締役が到底支払えない額の賠償額でも認容されることを公にすることで、社会一般の取締役に違法行為をしてはならないという気持ちを起こさせるという意味での違法行為の抑止力となりうる。この面での抑止力を強調すれば、取締役の損害賠償責任の額は、大きければ大きいほどよいことになる。この立場を徹底すれば、取締役の損害賠償額に制限をつけることは、株主代表訴訟が担うべき取締役の違法行為を抑止する機能を弱めるものとして受け入れがたいことになる。829億円という金額に驚いて、取締役の責任制限をして、取締役の年収の2年分に損害賠償額を制限できる余地を与える商法改正には、この立場では、当然に反対することになるであろう。

 確かに、現在の日本では、取締役等が違法行為をしている実情があるにもかかわらず、違法行為をした取締役の責任追及がなされていないことが多い。株主代表訴訟が活発化しているとはいえ、取締役で責任追及されてしかるべき場合と比較すれば、株主代表訴訟の数は、ほんのわずかでしかないのは事実であろう。ということは、取締役の違法行為を事前の抑止すべき機能が働く前提が欠けていることになる。この前提が欠けている最大の理由は、日本には、アメリカ的なビジネス弁護士がいないからである。というのは、株主代表訴訟は、勝訴しても株主には経済的な利益がないものだから、本来的に経済的な利益を受ける株主の訴訟代理人である弁護士のインセンティブによって成り立つ制度であるため、株主代表訴訟が本格的に活発になるには、経済的利益を獲得するために企業の不祥事を取り上げて、次々に訴訟を提起してくる弁護士が必要であるからである。
(文責 鳥飼重和)
宝印刷株式会社 ディスクロジャーニュース2000/12 vol.20より転載

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